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取材・文/坂口鈴香

朝のルーティン
 
コーヒーとパンで
朝食をとりながら
新聞を読む
 
ざーっとひと通り記事を読むけど
読み終える頃には
どんな記事だったかなんて
ほとんど覚えていない(笑)
 
どんなパンを食べたかも
覚えていない
 
これもルーティン(笑)
買い物の合計が
577円
 
だけど、認知症になってから
簡単な計算が難しくなって
わからないので
レジの機械にサイフの小銭全部入れる
774円
足りたかな?
 
いつもこんな感じ
 
認知症は物忘れだけではないんやね
 
pay payとかキャッシュレスだと
助かります(笑)

これらの写真をインスタグラムに投稿したのは、京都市に住む下坂厚さん(46)。昨年8月に、若年性アルツハイマー型認知症と診断された。

46歳で若年性アルツハイマー型認知症に

下坂さんは、大手チェーンの魚屋で働いていたが、独立。仲間が社長となり、魚屋を立ち上げたところだった。仕入れや仕込みなど、毎日朝5時から夜10時まで働き、休みは週1回あるかないか。それでも毎日が充実していた。

そんなころ、物忘れが目立つようになった。

「エビの盛り付け数を数えるのに異常に時間がかかったり、注文を忘れたりする。通勤ルートも間違えるようになりました。仕事が忙しくて疲れているのかなとも思いましたが、あまりにおかしい。近くの医院を受診したところ、認知症専門医のいる病院を紹介されました」

検査の結果、若年性アルツハイマー型認知症だと告げられた。

「妻には内緒で受診していたので、あとで伝えました。ショックなんていう言葉では足りません。僕も妻も絶望感でいっぱいでした」

職場の仲間には迷惑をかけられないと思い、仕事は辞めることにした。

「社長は立ち上げからの仲間だったので、配慮してくれましたが、自分のこれまでのキャリアや立場を考えると、フォローしてもらいながら仕事をするよりは身を引いた方がよいと思ったんです」

まだ46歳。家のローンもあった。

「経済的な不安も大きかったですが、病気がこれからどうなっていくのかが一番不安でした。ネットや本で病気について調べると、『若年性アルツハイマー型認知症は約2年で寝たきり』とか書いてあって、絶望感しかありませんでした。どうせ治らないのなら、死んだ方がマシかな、なんて思いました。死んで、保険金でローンが返せるのかなとか、暗いことばかり考えていました」

認知症初期集中支援チームの支援

下坂さんは、ハローワークにも行ったという。

「相談すると、話は聞いてくれましたが、『前例がなく、支援する仕組みがない』と言われ、妻といっしょにがっかりしました。精神障害者保健福祉手帳の利用ありきで話が進められることにも違和感を覚えましたし、手続きにも時間がかかりそうでした」

そんな下坂さんに自治体の「認知症初期集中支援チーム」から支援の手が差し伸べられた。

「認知症初期集中支援チーム」とは、複数の専門職が認知症の疑いがある人や認知症の人、その家族を訪問し、情報収集や分析、家族支援などの初期の支援を半年程度集中的に行い、自立生活のサポートを行うチームで、地域包括支援センターなどに配置されている。認知症になっても本人の意思が尊重され、できる限り住み慣れた地域で暮らし続けるために、認知症の人やその家族に早期にかかわるチームを配置することで、早期診断・早期対応に向けた支援体制を構築することを目的としている。

「『認知症初期集中支援チームで支援します』と言われたときはホッとしましたが、若年性アルツハイマー型認知症の人が抱える就労や経済的な支援がどれだけあるのかはわからず、不安はぬぐえませんでした」

下坂さんは、そのときの正直な気持ちを語ってくれたが、若年性アルツハイマー型認知症と診断されて、これからどうしたらいいのか途方に暮れている本人や家族にとって、こうした取り組みがあるというのは朗報であることには違いない。

ただ、筆者はこれまで親が認知症になった子世代の話を多く聞いてきたが、この取り組みについて触れた人は皆無だった。決して新しい取り組みというわけではないので、いかに情報が認知症の人や家族に届いていないかがわかる。今現在、周囲に認知症の人がいなくても、頭の片隅にこの取り組みのことをとどめておいてほしいと思う。

「介護職をやってみない?」

下坂さんは、この「認知症初期集中支援チーム」の取り組みにより、さまざまな支援機関とつながった。

転機となったのは、高齢者施設でボランティアをしてみないかと声がかかったことだった。そして、デイサービス施設の施設長・河本歩美さんと出会う。認知症と診断されてから2か月ほど経っていた。

「河本さんといろいろ話をするうちに、『介護職をやってみない?』と言われたんです。いやいや、それは無理でしょう。新しく仕事をするためには、仕事を覚えないといけません。僕にとって、それは怖いことでもありました。だから、介護職をしてみないかという申し出に躊躇してしまうというのも正直なところでした。その一方で、『もう働けないのかな。この先どうなるんだろう。収入も得ないといけないのに、どうしたらいいんだろう』と気持ちは揺れていました。それで試しにやってみると、案外できるんじゃないかと思えたんです。河本さんが病気を理解してくれて、仕事のサポートもしてくれるのでそう思えたのかもしれませんが」

仕事を退職した下坂さんには、経済的な不安と同時に、社会に取り残されることへの焦燥感もあった。このデイサービス施設に下坂さんが興味を持ったのも、河本さんがデイサービス施設でまな板をつくって、報酬を得る取り組みなどを行っていることを聞き、おもしろそうだと思ったからだという。だから、河本さんに出会えたのは、ちょうどよいタイミングでもあったのだ。

こうして、デイサービス施設の河本さんのサポートで、下坂さんは自信を取り戻していった。

新しい仕事についたことで、気持ちがリセットされた。「再スタートだ」と、前向きに切り替えることができたのだ。

【「不便だけど、不幸じゃない」 後編に続きます】

取材・文/坂口鈴香
終の棲家や高齢の親と家族の関係などに関する記事を中心に執筆する“終活ライター”。訪問した施設は100か所以上。20年ほど前に親を呼び寄せ、母を見送った経験から、人生の終末期や家族の思いなどについて探求している。

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