文/印南敦史
もちろん、もともとこだわりが強かったというかたもいらっしゃるだろう。だが、そんなことは気にかけたことがなかったという人であっても、年齢を重ねていけば多少なりとも、「素材」が気になってきたりするものである。
そんななか、原点であるからこそ気を使いたい素材といえば、やはり「塩」だということになるはずだ。
ただし、塩といっても特徴や味は多種多様。だから専門店に足を運んでみたとしても、どれを選んだらいいのかわからなくなってしまうことも十分に考えられる。そこで利用したいのが、『日本と世界の塩の図鑑』(青山志穂 著、あさ出版)だ。
著者は大手食品メーカー、塩の専門店を経て独立し、「一般社団法人日本ソルトコーディネーター協会」を設立したという人物。代表理事を務めながら「塩のプロフェッショナル」の育成に尽力しているという、いわば塩のプロフェッショナルである。
同じ種類の野菜や果物の味が、季節や生産者によって異なるように、塩もひとつひとつ味や形が異なり、驚くほど個性豊かです。現在、国内では約4000種を超える塩が流通しています。塩の楽しさを多くの方に知ってほしいと、この本では、かつて「自然塩」と呼ばれた、イオン膜製法以外でつくられた塩を中心にご紹介しています。(本書「はじめに」より引用)
塩を使い分けると、ひとつの素材をさまざまな味で楽しむことが可能になる。しかも、必ずしも大量に使う必要はない。塩を使うと食材そのものの味が引き立つので、結果的に使用量も少なくてすむからだ。
また、複数の塩を食卓に並べて食事をすれば、料理を通じて味を確認しつつ、「どの塩が好きか」と家族で話をすることだってできるかもしれない。そういう意味では味だけではなく、塩は家族間のコミュニケーションをも引き立ててくれるといえそうだ。
だが、そもそも「いい塩」とはどんな塩のことを指すのであろう? その点については著者も、難しい質問であることを認めている。なぜなら、「何に使いたいか」「どういう味で食べたいか」によって、「いちばんいい塩」は違ってくるからだ。
例えば、「揚げ物のつけ塩」の場合、油をさっぱりさせたいときと、油の甘味も感じながらこってり食べたいときとでは、合わせる塩は異なります。冷やしたトマトの甘みを引き出してくれる塩が、豆腐に合わせるとえぐみを引き出してしまうこともあります。(本書8ページ)より引用)
そこで本書では塩と食材の合わせ方なども紹介しているわけだが、なるほど奥の深い世界ではある。しかし、だからこそ塩を突き詰めることは楽しく、知れば知るほど魅力を実感できるのかもしれない。
ちなみに全世界での塩の年間生産量は約2億8000万t。日本で手に入るものだけでも、約4000種以上の塩があるのだそうだ。
そして、すべての塩が原材料別に「海水塩」「岩塩」「潮塩」「地下塩水塩」に分類することができる。
日本で塩といえば海水塩のイメージが圧倒的に強いが、世界的な主流は岩塩。生産量の約6割が岩塩で占められているというのだから、少しばかり意外な話でもある。
一方、世界各国の沿岸では海水を原料とした塩がつくられており、それらは生産量の3割を占めるのだそうだ。その他、すでにできあがった塩を原材料としてつくる「再製加工塩」や、ハーブやスパイスなどをブレンドした「シーズニング」、日本古来の「藻塩」などもある。
塩といってもいろいろなのだ。
そればかりか、塩は単にしょっぱいだけではない。味、形、色もそれぞれ異なっているわけだ。そして、そうした塩の個性は、原料×製法のかけ算で決まる。
塩には多くの種類があり、それぞれ豊かな個性があります。味の濃淡、塩分の強弱、粒の大きさ、色、結晶の形など、さまざまな要素が組み合わさって、それぞれのおいしさ、個性を持った塩ができ上がっています。
また、採取場所、採取時期によって原料の違いが、製造方法によって、粒の大きさや形、水分量等の違いが生まれます。例えば、河口付近で取水された海水を、平釜で炊いてつくると、山のミネラルを含んだ塩になります。同じ製法でも沖合いで取水した海水を使うと、海流の特徴を持った塩になります。(本書13ページより)
さて、ここで、ひとつ重要なことに気づくことができる。
知れば知るほど違いがわかり、奥深さを実感できるのだとすれば、塩を学ぶことは、探究心旺盛なサライ世代にとっての愉しみにもなりうるということだ。
学べば学んだだけ、知ることが増える。すると、また新たな関心や疑問が湧き、さらに知的好奇心をくすぐられる。すなわち塩を学ぶことは、(語弊はあるかもしれないが)趣味としても最適なのである。
そして、ひとたび関心を持ち、学んでみたいと感じたならば、本書が必ず役立ってくれることだろう。基礎知識から種類、おいしい使い方までを網羅した、ひたすら利用価値のある一冊である。
『日本と世界の塩の図鑑』
青山志穂著
あさ出版
本体1,500円+税
発行年2016年11月
文/印南敦史
作家、書評家、編集者。株式会社アンビエンス代表取締役。1962年東京生まれ。音楽雑誌の編集長を経て独立。複数のウェブ媒体で書評欄を担当。著書に『遅読家のための読書術』(ダイヤモンド社)、『プロ書評家が教える 伝わる文章を書く技術』(KADOKAWA)、『世界一やさしい読書習慣定着メソッド』(大和書房)、『人と会っても疲れない コミュ障のための聴き方・話し方』などがある。新刊は『読んでも読んでも忘れてしまう人のための読書術』(星海社新書)。