選・文/林田直樹(音楽ジャーナリスト)

22歳のモーツァルトは1778年9月11日付の手紙で、「旅をしない人は(少なくとも芸術や学問にたずさわる人では)まったく哀れな人間です!」「優れた才能の人は、いつも同じ場所にいれば、だめになります」と書いている。旅は、自分自身の成長にとってそれくらい大切、とモーツァルトは語っているのだ。

音楽における旅には3つの種類がある――地理的な旅、時間的な旅、そして心の旅である。

以下に挙げる5枚のディスクは、それぞれ旅をテーマにしたアルバムである。作曲家が旅を題材に作曲したものもあれば、演奏家が旅という視点で新たに楽曲を解釈したものもある。ぜひこれらの演奏に耳を傾け、音楽による心の旅をお楽しみいただければと思う。

『ザ・スペイン』
河野智美(ギター)
アールアンフィニ
MECO-1053
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スペインのギター音楽には、アラブとヨーロッパの融合があり、フラメンコやサルスエラなど郷土の文化の色彩感が封じ込められている。私たちにとって不思議な懐かしさを感じさせるのは、彼らの文化がアラブを通してアジアとつながっているからかもしれない。

河野智美の演奏は、うねるような揺れとグルーブ感、そして華やかさがあり、ジャンルをこえてすべてのギター音楽好きの心をとらえるに違いない。

『G線上のアリア――バロックの旅』
ダニエル・ホープ(ヴァイオリン)
ユニバーサル・ミュージック
UCCG-1469
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ヴァイオリンもまた旅する楽器である。16世紀半ばに生まれたこの楽器が、新たな音楽の旅路に出たのが、バロック時代であった。バッハの活躍したドイツのみならず、イタリア、スペイン、ポルトガル、イギリスなどヨーロッパ諸国の音楽を万華鏡のようにめぐる1枚。

ダニエル・ホープ自身も、ルネサンスから現代まで、クラシックという枠をこえて、ヴァイオリンによってあらゆる音楽をめぐる、旅人のようなヴァイオリニストである。

 

『クロノス・キャラバン』
クロノス・クァルテット
ワーナーミュージック
WPCS-16013
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ロックバンドのようなノリを弦楽四重奏の世界に持ち込み、現代音楽のみならず民族音楽の世界に深く入り込んできたクロノス・クァルテットの名盤(1999年録音)。東欧、アラブ、インド、メキシコ、アルゼンチンの音楽を縦横無尽に行き交う、そのためには弦楽四重奏とは、世界共通言語のようなものである。

荒々しさと繊細さを併せ持つサウンドのなかに、哀愁と疾走感がある。いまや世界で注目される作曲家オスヴァルド・ゴリホフの編曲センスにも注目。いまも決して古びていない。

『サン=サーンス:ピアノ協奏曲第2番、第5番《エジプト風》他』
ベルトラン・シャマユ(ピアノ)
エマニュエル・クリヴィヌ指揮 フランス国立管弦楽団
ワーナーミュージック
WPCS-13791
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古今の作曲家たちのなかで、フランスの作曲家サン=サーンスは、南米やアフリカを含む世界中をめぐり、晩年はほとんどホテル暮らしだったという。博学の人で、天文学者・植物学者・考古学者・民族学者・詩人・戯曲作家・漫画家といった様々な顔を持つ人だった。

「エジプト風」の第2楽章は、ナイル河流域の異国情緒が盛り込まれるなど、世界を旅した作曲家の肖像を伝える1枚である。ベルトラン・シャマユの弾くピアノの明晰な音の粒も美しい。

『ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第2番、第4番』
ダニール・トリフォノフ(ピアノ)
ヤニック・ネゼ=セガン指揮 フィラデルフィア管弦楽団
ユニバーサル・ミュージック
UCCG-1816
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ロシアのピアニスト、ダニール・トリフォノフは中堅世代のなかで抜群の存在感をもつひとり。ここでは、ラフマニノフの名作協奏曲が、「旅」という切り口でとらえなおされている。

アルバム・タイトルは「出発」。ジャケットの中の写真もすべて鉄道の旅をイメージされたもの。風景が車窓の向こうに飛んでいくようなイメージで彼は演奏しているのだそうだ。

演奏家の解釈によって、作品に内在する「旅」の要素が浮き彫りにされた興味深い1枚である。

*  *  *

以上、今回は「旅」をテーマに注目のクラシック・アルバムを新旧とりまぜ5枚紹介した。機会があればぜひお聴きいただきたい。

来たる5月3,4,5日には、東京・有楽町の東京国際フォーラムにて、毎年恒例となった「ラ・フォル・ジュルネ東京」が開催される。すっかりゴールデンウィークの風物詩となったわが国最大級のクラシック音楽祭だが、今年のテーマは「Carnets de voyage ボヤージュ――旅から生まれた音楽(ものがたり)」。国内外の名手たちが、旅という観点で選りすぐられたクラシック音楽の定番から秘曲までを演奏してくれる。

クラシック音楽が大好きな方にとっても、普段クラシックコンサートに馴染みのない方にとっても、音楽による素晴らしい心の旅へと誘ってくれるに違いない。

選・文/林田直樹(音楽ジャーナリスト)
音楽ジャーナリスト。1963年生まれ。慶應義塾大学卒業後、音楽之友社を経て独立。著書に『クラシック新定番100人100曲』他がある。『サライ』本誌ではCDレビュー欄「今月の3枚」の選盤および執筆を担当。インターネットラジオ曲「OTTAVA」(http://ottava.jp/)では音楽番組「OTTAVA Salone」のパーソナリティを務め、世界の最新の音楽情報から、歴史的な音源の紹介まで、クラシック音楽の奥深さを伝えている(毎週金18:00~22:00放送)

【サライ.jp】「ラ・フォル・ジュルネ東京」コンサートに3組6名様ご招待!

記事中でもご紹介したクラシック音楽祭「ラ・フォル・ジュルネ東京」での下記コンサートに、「サライプレミアム倶楽部」ご登録者から3組6名様をご招待します。

公演番号216
出演
ネルソン・ゲルナー (ピアノ)
ミハイル・ゲルツ (指揮者)
シンフォニア・ヴァルソヴィア (オーケストラ)

曲目
ショパン:アンダンテ・スピアナートと華麗なる大ポロネーズ op.22
ショパン:ピアノ協奏曲第1番 ホ短調 op.11

日時:5月4日 (土・祝) 21:30 ~ 22:30

会場:東京国際フォーラム ホールA:コロンブス 

※ご応募は下記フォームより
↓↓↓
http://p.sgkm.jp/2210

応募〆切は3月17日(日)いっぱいです。

 

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