文/編集部
老若男女問わず、俳句の人気が高まっている。四季折々の自然や風物にのせて、自分の感性を短い言葉で簡潔に表現するという俳句は、日本人ならではの知的で奥深い趣味であり、とくにサライ世代にとって好適なものであろう。
テレビ番組「NHK俳句」(毎週日曜)の司会を務める人気エッセイストの岸本葉子さんも、俳句にのめりこんでいるお一人。句会にも毎月参加するなど、俳句が日常の一部になっているという。
そんな岸本さんが自らの俳句体験をもとにした著書『俳句、やめられません 季節の言葉と暮らす幸せ』を刊行した。
句を作る過程で気付いた季語の奥深さ、面白さ、そして句会の楽しさ……。プロの俳人とは異なる視点から、親しみやすくやさしい語り口で俳句の世界を案内し、俳句の世界へ誘ってくれる。これから俳句を始めてみたいと考えている方には、格好の入門書だ。
今回は同書から、岸本さんが考える“俳句が上達する心得”をいくつかピックアップしてご紹介しよう。
■1:ふとしたシーンを詠む
「「俳句は季節感を詠むもの」「美しく雅びな世界を詠むもの」「わび・さびを詠むもの」。そんな思い込みは、まず捨てましょう。/花や月でなくていい、お寺や古池でなくていい、さきほどの例のように、キッチンで鰯を手開きしました、くらいのことでも、臆せずに俳句にしていいと、(俳句を)はじめてみて私は知りました。」
そう言われても、どんなシーンを詠んだらいいかわからないという人には、例えば好きなドラマや歌詞などの印象的なシーンを詠んでみることを岸本さんは薦める。
そして本書では、岸本さんが若いときによく聴いたというユーミン(松任谷由実さん)の歌を例に、どう五七五にしていくか、その過程とコツが披露されていく。
■2:なるべく「見出し季語」を使う
俳句といえばつきものの「季語」ですが、俳句を始めてみたいけれど、約束事が多そうでとっつきにくいと思っている方も少なくないでしょう。
実際に俳句を詠もうとするときに、どのように季語に向き合うべきか。岸本さんは多くの句会や俳人との交流から学んだ句作の勘所を教えてくれます。
「私も俳句をはじめたときは、季語は「入れるのが決まりだから、とりあえず入れる」くらいのつもりでいました。ですが、ある俳人のかたに、「季語を置くのではなく、働かせなさい」と言われ、はっとしました。」
季語の力を最大限に働かせるために、岸本さんが心していることは、なるべく「見出し季語」を使うということ。
「歳時記で「梅」を引くと、傍題がたくさん並んでいますが、なんといっても(見出し季語の)「梅」がいちばん強いのです。読む人が持っている梅のイメージのど真ん中に響くのは、やはり「梅」なのです。よほどの理由がない限り、私は「梅」で詠むようにしています」
なるほど、これはすぐにでも応用できるコツだろう。
■3:過去の出来事も目の前にあるように詠む
「過去の記憶を詠む、これも俳句ではよくあります。ただしだいじなのは、過去のことであっても、過去のものとして詠まずに、現在とする。今、目の前にあるように詠む、句を詠む人の眼前に立つように詠むことだと、教わりました」
そして過去の出来事を現在形にする秘訣は、具象性にあると岸本さんは教えてくれます。
「同様のことを言うにも「掌に字を書きし日々」だと、過去を振り返っている句です。(略)「ボールペンの字」とすると、詠んだ人にとっては過去のシーンでも、詠む方には、掌にボールペンで書いた字を、目の前に突き出される感じがします」
読み手の想像力を活き活きとかき立てるためには、具体的なモノをうまく使うこと。今後の句作にぜひ活かしていただきたい。
■4:人に読んでもらう
ある句会で岸本さんは「八月のインクのしみの青さかな」という句を作りました。季語の「八月」は、もう立秋を迎える時季でもあり、歳時記によれば季語としては秋になります。
「この季語も、直感的につけたものの、働いているのかどうか、自分ではよくわかりませんでした。が、読んでくださった人の評は、「八月からイメージする、滴るような空の青さ、雲の白さが、インクと紙とに響きわたっている。八月の持っている、恋やひと夏の友情など痛いような記憶が、しみ、とも響き合っている」と。/暑さの盛りでありながら、秋をはらんでいる、ピークのうちに終わりがすでにはじまっている「八月」ならでは、だったのでしょう」
このようにして岸本さんは、人の観賞に、季語がどのように働いているかを教えられたと語ります。
「読んだ人が「この季語はこう働いている」と観賞してくださって、はじめて気づく経験を、句会ではよくします。それが季語の本意を、私に教えて、「働いているかどうか」をより考えさせるのです」
自作の句を自分だけで終わらせず、他人に読んでもらうことで得られる気づきの大切さを、岸本さんは強調しています。
■5:場数を踏む
句会に飛び込んでみたけれど、まだまだ緊張しっぱなし、楽しむにはほど遠いと悩んでいる人もいるかもしれませんが、岸本さんは「ひとことでいって、慣れです」と断言します。
「私も最初はひどく構えていました。変に真面目な性格もあいまって、句会の最後に次の月の題が発表されると、帰りの電車で立ったまま歳時記を開き、その題の解説を読んで予習し、なおかつおびえていました」
そんな岸本さんの背中を押したのは、俳句の先生の「できなかった人はひとりもいない」「うまく作ろうと思うからできない」という言葉でした。
そして、その後の句会で、自信のある句が選ばれなかったり、数合わせに突っ込んだ句が共感を得たりということを繰り返すうちに、「うまく作ろう」「俳句らしいものにしよう」という「はからい」が、いかに無効であるかがわかってきたといいます。
句会に積極的に参加し、短い時間でさまざまな題で多くの句を詠まねばならないとなると、そんな小賢しさの働く余地はなくなります。だからこそ岸本さんは「場数を踏んで力を抜く」ことを薦めるのです。
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以上、今回はエッセイスト岸本葉子さんの著書『俳句、やめられません 季節の言葉と暮らす幸せ』(小学館)から、俳句上達の心得を5つ紹介した。
同書にはこれ以外にも多くのヒントが満載されている。これから俳句を始めてみようという方にも、始めてはみたけれど悩んでいるという方にも、よき手引の一書となるだろう。
【参考書籍】
『俳句、やめられません 季節の言葉と暮らす幸せ』
(岸本葉子著、本体1400円+税、小学館)
文/編集部