週末にもなると、約70席がほぼ満席になる『ともしび』新宿店。昭和29(1954)年、開店当初は西武新宿駅近くにあり、店名も「灯」と漢字だった。リクエスト曲を店内全員で合唱するスタイルは変わらず。

昭和30(1955~64)年代に、学生や青年を中心に国民的ブームだった「歌声喫茶」の人気が復活しているのをご存じでしょうか?

歌声喫茶とは、お客さんがリクエストした歌を、ピアノやアコーディオンの伴奏に合わせ、店内の全員が、ステージリーダーの歌唱にならい合唱する喫茶店のこと。中でも東京・新宿にある歌声喫茶『ともしび』は、昭和29(1954)年の開業からずっと歌の灯を絶やさず、世代を超えた交流を広げ続けてきた名店です。

新宿の地で誕生した『ともしび』は創業63年目を迎えた。

今回は、そんな『ともしび』グループ全体の活動を統括する代表の大野幸則さんと、30年近く『ともしび』グループ全体の活動に参加してきた歌手・小川邦美子さんにお話を伺い、その魅力の神髄に迫りました。

■一人で来ても皆で歌い、歌の世界に浸り心が豊かに

それにしても、いまなぜ「歌声喫茶」なのでしょう? ブーム再来の理由について大野さんはこう語りました。

「皆で歌うと、心が解放され、心地良くなるからでしょう。一人で歌うカラオケではなく、他の人と歌うことで気持ちも軽く明るくなっていきます」(大野さん)

大野幸則(おおの・ゆきのり)
昭和24(1949)年東京都生まれ。早稲田大学在学中から『ともしび』の運営に携わりオペレッタの普及にも尽力する。平成7(1995)年より現職。「日本児童・青少年演劇劇団協同組合」の代表理事も務める。

「かつて歌声喫茶に通っていた団塊世代の方々が定年を迎え、再び来てくださるのが、大きな流れになっています。お一人で来る方が多いのですが、お子さん、教え子、後輩などと一緒に来る方もいて20~80代という幅広い世代での交流が生まれています。多い方は毎日、あとは決まった曜日におみえになる人も多いですね。地方や海外から、わざわざ来てくださる方も増えています」(大野さん)

一方、ステージリーダーを30年近く務める、歌手・小川邦美子さんは、若い世代が『ともしび』に魅かれる理由をこう分析する。

「皆で歌うことが、若い世代には新鮮のようです。彼らの話を聞くと、学校の文化祭やキャンプファイヤーなどで合唱した経験がありません。歌本を見ながら、隣の人と歌の感想を伝え合い、余韻に浸れるのも魅力」(小川さん)

小川邦美子(おがわ・くみこ)
会社員を経て『ともしび』に転職。以降30年近く、歌声喫茶、オペレッタ劇団、音楽企画など『ともしび』グループ全体の活動に参加。石川啄木を愛しコンサートを行なう。「みちのく盛岡ふるさと大使」も務める。

『ともしび』で歌われるのは、歌謡曲、ポップス、ロシア民謡、唱歌、合唱曲など名曲ばかり。

「歌うと人は元気になります。そのせいもあってか、昨日も杖の忘れ物がありました(笑)。以前、専門家にお話を伺ったのですが、歌声喫茶と音楽療法は非常に近い部分があるようです」(小川さん)

■還暦超えの歌声喫茶『ともしび』は日本全国津々浦々に“出張”し続ける

「20年ほど前から、日本各地のホール、公民館、ホテル、喫茶店などに『ともしび』が出張する、“出前歌声喫茶”の活動を続けています。リーダーと伴奏者が伺い、地元の皆さまと盛り上がるというスタイルなのですが、ここ十年来、依頼も増え続け、年間200ステージを超えています。これに触発され、歌うグループも各地にできていますが、続けるには音楽的な深みを得たくなるもの。そんなグループへのアドバイスも行なっています」(大野さん)

『ともしび』は歌声喫茶だけでなく、さまざまな音楽にまつわる文化活動を行なっています。

「大きく4部門あり、歌声喫茶、出前歌声喫茶、オペレッタ劇団、音楽企画です。いずれも3世代で楽しめる内容ばかり。毎年4月には上野公園野外ステージ(旧水上音楽堂)で『春の大うたごえ喫茶』というイベントも行っていて、今年(2017年)で16回目になります」(大野さん)

毎年4月、上野公園野外ステージ(旧水上音楽堂)で開く1000人規模のイベント「春の大うたごえ喫茶」。ステージリーダーが一堂に会し、人気アカペラグループもゲスト出演。シニア世代を中心に20代、30代の姿も見える。フィナーレには総立ちに!

『オペレッタ劇団ともしび』にも全国各地から公演の依頼が。小川さんはこの劇団の役者としての活動もしていました。

「学校の体育館や児童館のホールをステージにして、1~2時間のオペレッタを演じます。観客も一緒に歌うものが多く、終わった後は、先生も子供たちも顔が明るくなるんです」(小川さん)

『オペレッタ劇団ともしび』で人気の演目『トラの恩返し』の舞台。韓国の民話を下敷きにしており、トラと人間のいがみ合いと和解する世界を描く。

歌は人を癒やし、励ますことを知っている『ともしび』は、平成23(2011)年6月から、いち早く被災地支援活動を行なっています。

「現地でよくリクエストを頂くのは、新沼謙治さんの『ふるさとは今もかわらず』。東京で盛り上がる復興支援ソングとは温度差が今もなお、あります」(小川さん)

■世代、言語、文化を超えて人と人がつながれるのは歌の力

最後に『ともしび』の今後について大野さんに伺った。

「言葉が分からなくても、歌があれば心が通い、心も体も元気になる。そんな文化を発信し、人が行き交う場が『ともしび』。これからも、一緒に歌い、歌への想いを分かち合いたいですね。ぜひ足をお運びください」(大野さん)

人の孤独は、一緒に歌うことで癒やされていきます。世代を超えた連帯感と心地よさが、『ともしび』には息づいています。

(左)大野さんはともしびグループ全体の活動を統括。(右)全国にファンがいる歌手・小川さん。

【ともしび新宿店】
■住所:東京都新宿区新宿3-20-6 FSビル6F
■電話:03-3341-0915
■営業時間と料金:
●昼の部/水~土曜 13時30分~15時50分。昼のチャージは1600円(ドリンクつき・税込み)
●夜の部/月~火曜 17時~22時30分、水~土曜 16時~22時30分、日祝 16時~21時30分。夜のチャージは800円。ほかにドリンク450円〜(税抜き)
■定休日:元日を除き無休
■ホームページ:http://www.tomoshibi.co.jp

※本記事は隔週刊CD付きマガジン『こころに響く 日本の歌04「赤い靴」』所収の記事を元に編集部で加筆修正いたしました。詳細は下記の表紙画像をクリックしてご覧ください。
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