宮部継潤が登場する理由

I:浅井長政の家臣である宮部継潤(演・ドンペイ)が大河ドラマに登場するのは、1973年の『国盗り物語』以来というお話は以前に言及していますが、なぜこの人が登場しているのかわかりました。秀吉(演・池松壮亮)と小一郎(演・仲野太賀)の姉のとも(演・宮澤エマ)と弥助(演・上川周作)の長男万丸(よろずまる/演・藤田蒼央)を宮部家の養子にというのです。
A:ともと弥助の長男を宮部継潤の養子にしたということじたいは史実なのですが、これまで秀吉が登場した数多くの大河ドラマで、このエピソードが挿入されるのは初めてのことになります。「豊臣兄弟」「豊臣兄弟姉妹」のエピソードを細かく拾っていくという方針なのでしょう。
I:百姓のままだったら、貧しいかもしれないけれども、平凡かもしれないけれども、家族水入らずで暮らしていけたかもしれません。でも彼らは武士の道を選び、しかも織田家中の出世頭の秀吉の親族ということですから、波乱万丈の人生は避けられないということですよね。どっちが幸せですか? というのはやっぱり野暮な問いになるのでしょうか。
A:万丸の人生に思いを馳せたときに、この頃のことを出されると、ちょっとこみあげてくるものを感じますね。家族総出で掴んだ天下。そして、その行く末。なんだか哀しいですよね。
森可成の死
I:宇佐山城(滋賀県大津市)を守っていた森可成(演・水橋研二)が討ち死にしました。
A:森可成は、物語の初期の頃から評定の席に参加していた織田家重臣。「戦国悲劇の森一族」といわれる存在なのですが、実は、可成の嫡男可隆は、「金ヶ崎の退き口」直前の手筒山城攻めの勝ち戦で討ち死にしています。姉川の合戦を経ていたとはいえ、朝倉・浅井連合軍との戦いは一筋縄ではいかず、織田軍も相当の犠牲を払ったことがうかがえます。
I:この合戦では森可成だけではなく、信長の実弟織田信治も討ち死にしているんですよね。
A:はい。以前当欄で紹介しましたが、1992年の大河ドラマ『信長 KING OF ZIPANGU』では、「織田信治、ここにあり!」と叫びながら最後の合戦に向かった場面が描かれました。織田信長には、信長の手によって殺害された信勝(演・中沢元紀)のほかに、この段階で存命していた信包(のぶかね)、信治、信興、信広(諸兄)、秀成、信照、長益(後の有楽斎)、長利らの兄弟がいました。そのうちの信治が宇佐山城の戦いで討ち死にし、劇中では描かれませんでしたが長島一向一揆の戦いでは信興が討ち死にしています。
I:後に信長の小姓として仕える森乱、森坊丸、森力丸らは森可成の子息なんですよね。
A:森乱こと森成利は、歌舞伎俳優の市川團子さんが演じることが発表されています。
横山城での宴

I:公方である将軍足利義昭(演・尾上右近)の仲介で和睦することになりました。義昭は、光秀に対して「戻ってこい」と誘い水。一方の信長は、坂本(滋賀県大津市)に城を築けと光秀に命じます。
A:坂本城は安土城に次ぐ豪勢な城郭だったそうです。『麒麟がくる』の際には、その全貌をお披露目する取材会があったことが記憶に刻まれています。
I:いったい明智光秀の運命はどうなるのでしょうか。そういえば、横山城(滋賀県長浜市)は、対浅井、対小谷城の拠点として築かれた城で、秀吉が「城主」を務めました。前述の『信長 KING OF ZIPANGU』では仲村トオルさん演じる秀吉が横山城に在陣していた際に、中山美穂さん演じるねねが「弁当」持参、しかも甲冑姿で訪れるという場面が描かれました。秀吉が「うみゃー」と言いながら「弁当」を食べていたのが印象的です。
A:その横山城で、家臣団によって信長を慰労する宴が催されました。
I:信長と家臣団の絆をあらわすシーンですね。家臣団はこの後、どうなっていくのでしょう……。

●編集者A:書籍編集者。かつて『完本 信長全史』(「ビジュアル版逆説の日本史」)を編集した際に、信長関連の史跡を徹底取材。本業では、11月10日刊行の『後世に伝えたい歴史と文化 鶴岡八幡宮宮司の鎌倉案内』を担当。
●ライターI:文科系ライター。月刊『サライ』等で執筆。猫が好き。愛知県出身なので『豊臣兄弟!』を楽しみにしている。神職資格を持っている。
構成/『サライ』歴史班 一乗谷かおり











