
甘いものを食べたときの、心身がほどけるような幸福感。それは日々の激務をこなすビジネスパーソンにとって、かけがえのないご褒美のはずです。
しかし最近では、その癒やしが「毒」であるかのように語られることが増えています。「糖化は老化の素」。そんな強い言葉に、今まで愉しみにしていたスイーツが食べてはいけないもの、罪悪感を感じさせるもの、と感じるようになった人も多いとか…。
本連載では、国際中医専門員である志村幸枝先生が、中医学の知恵から、体の違和感について、そのサインを読み解いていきます。
今日は、数字と向き合い、責任ある立場に立つ一人の男性が、相談室を訪れました。ちょっと、覗いてみましょう。
【今日のお悩みカード】
相談者|53才男性(経理職・管理職)
お悩み|世間の「脱・砂糖」の情報に気圧され、大好きなスイーツを楽しめない。その一方で、お腹周りのもたつきも、正直気になっている。
「甘いもの=悪」という価値観
今日の相談者、佐藤さんは、いつもの胃腸薬を求めて立ち寄り、薬を用意してもらいながら、少し困惑したような表情で話し始めました。
「最近、どこを見ても『砂糖は害悪だ』という話ばかりですよね。たしかに、食べすぎると胃がもたれるようになってきたのは認めますが…。それでも、家族のためにケーキを買って一緒に食べるのが楽しみなんです。SNSで『砂糖はマイルドドラッグ』なんて強い言葉を見ると、なんだか悪いことをしている気分になってしまって…。
実際のところ、甘いものって体にとって悪いものなんでしょうか?」
志村先生は、いつものように温かく微笑んで言いました。
「甘いものが悪い、という言い方は少し乱暴ですね。
中医学では、甘味には体をゆるめて、疲れを取る役割がある、と考えます。うまく付き合うことができれば、心強い味方にもなりますよ。
ただし、摂りすぎたり、もともと胃腸が弱っている状態では、話が少し変わってきます。大切なのは、ご自身の胃腸と相談できているかどうか、なんです」
「胃腸と相談…?」
佐藤さんは、怪訝な顔をして身を乗り出しました。
あなたの胃腸は「排出」が追いついている?
志村先生は、中医学の「痰湿(たんしつ)」について話し始めました。
「甘いものや脂っこいものはもともと、体の中でベタつきやすい性質を持っています。胃腸の処理能力を超える量や質の食事が続くと、うまく処理しきれなかったものは、ドロドロした状態で停滞してしまいます。
体にとっては「不要な水」「淀んだ水」ですね。中医学では、これを『痰湿』と呼びます」
「ドロドロ、ですか…」
心配そうな佐藤さんに向かって、さらに志村先生は続けます。
「ええ。それも、『痰湿』が出来たてホヤホヤならサラサラしているのですが、慢性化してくると少し粘り気のある状態になり、より厄介になります。
そして『痰湿』が増えてくると、体はいろいろなサインを出します。
例えば、
・体が重だるい
・むくみやすい
・頭がぼんやりする
・痩せにくい
・吹き出物が出やすい
こんなふうに、スッキリしない状態が続きます」
「まさに昨日の夜、ズッシリと頭が重たくなって、今朝は吹き出物まで出来ました…」
言い当てられた佐藤さんは、苦笑してしまうのでした。
「ゆるむ」のか、それとも「停滞」か
「甘いものを食べるとリラックスできる、それはスイーツの効用のひとつです。でも一方で、胃腸の負担となってしまう場合もありますよね。
スイーツを食べても大丈夫なときと、控えた方がいいとき、この違いを自分で見極められることが大切です。次のサインを参考に、食べるタイミングを自分で判断してみてください」
・今ならOKのサイン
「前述の『痰湿があるときの体からのサイン』が出ておらず、胃腸にも不快感がなければ、スイーツを適度に楽しんでもOK! 体はニュートラルな状態です。
胃腸の消化能力が健全なら、甘味の持つ性質『ゆるめる』力が発揮され、食べた後に「ほっとする」「力が抜ける」といった感覚が生まれます」
・「今は控えて」のサイン
「食べた後に猛烈に眠くなる、体がだるくて動けなくなるのは、『停滞』のサインです。食べた量が多すぎるか、あるいは今の胃腸には荷が重すぎる、そう体が知らせていると、考えましょう。
この場合はスイーツを摂れば摂るほど不調が続くので、しばらくは控えた方が賢明です」

なぜ、甘いものが無性に食べたくなるのか
ここで志村先生は、そもそもなぜ私たちは甘いものを欲してしまうのか? について、中医学の視点から2つの理由を話してくれました。
【理由1】イライラのリセット
「佐藤さんのように責任あるお仕事をされ、常に神経を張り詰めている方は、体が『ゆるみたい!』と甘いものを求めることがあります。つまり、甘い食べ物のおかげで、イライラのリセットができているわけです。
甘いものが食べたくなる前、イライラしていませんでしたか? 会議がうまくいかなかった、なんてとき、気づけばコンビニでスイーツに手が伸びていないでしょうか?」

「この場合は、気の巡りを整え、イライラを和らげてあげると、『甘いものが欲しい』という欲求が大分穏やかになります」
【理由2】手っ取り早くエネルギーを補給したい
「疲れているとき、集中力が切れかけたとき。そんなタイミングで甘いものが恋しくなるのは、体が『燃料をくれ』と言っているサインです。
胃腸が弱い人が甘いものへの欲求が強くなりやすいのも、同じ理由ですね。
食べたものをエネルギーに変換する力が弱いぶん、より手っ取り早い燃料を体が求めるんです。
この場合は胃腸機能を高める漢方薬の服用で改善されることが多いですよ。佐藤さんがいつも求めてくださっている胃腸薬も、まさにそのためのものなんです」
「なるほど…。うちの妻は、ストレスが溜まるとアイスを一気食いしていますが、それも理由があったわけですね」
その言葉に、志村先生が答えます。
「そのとおりです。それは、胃腸の具合によってはお腹を壊すことに繋がりますから、気をつけてくださいね。
奥さまの場合は、ストレスで気の巡りが滞っているのかもしれませんね。甘いものでストレスを発散したくなるタイプには、気の巡りを整える漢方薬が合うことがあります。よかったら、一度ご一緒にいらしてください」
スイーツを食べるときの心得2か条
佐藤さんは言います。
「うちの奥さんのように、食べ過ぎてはいけない、とわかっていても無性に食べたいときって、ありますよね」
志村先生は優しく答えました。
「ふふふ、そうですよね。スイーツへの欲望は、禁じたとしても、我慢できないもの。そのときは、『痰湿祭り』として、覚悟を持って楽しんでください(笑)」
そう笑いながら、志村先生は、ケーキを楽しむための「2つの心がけ」を教えてくれました。
【その1】意識的に胃腸の休息日を作る
「今日食べたら明日は控える。胃腸に回復の時間を与えることが大切です」
【その2】天気がいい日を選ぶ
「天気が関係あるの? と思われるかもしれませんが、ジメッとした日は洗濯物が乾きにくくなるのと同じように、体もジメジメしやすく『痰湿』が溜まりやすいもの。
気候がカラッとしている日のほうが、体へのダメージを最小限にできるので、甘いものを食べるならそんな日を選んだ方がいいですね」

「天気がいい日に食べるケーキの方が、体への負担が少ないなんて…」
驚いている佐藤さんに向かって、志村先生はにっこりと笑うのでした。
「ご家族とケーキを囲む時間は、心を満たしてくれる大切な養生ですよね。ぜひ、大事にしてくださいね」
おわりに
佐藤さんは、深く納得したように表情を和らげました。
「なるほど…。砂糖を無理に断つわけじゃなくて、自分の体の状態を知ることが大事なんですね。
そういえばケーキって、子どもの頃は、なにか特別なご褒美として楽しむものでしたよね。大人になると、自由にコンビニでも買えるから、つい食べちゃうけど…」
志村先生は、最後にもう一度、力強く頷きました。
「『あぁ、美味しいな』というリラックスこそが、自分へのご褒美で、甘いものを過剰に取り入れることが喜びではないですよね。
まずは自分の体を、十分に労ってあげてください」
佐藤さんは注文した胃腸薬を受け取り、心なしか軽くなった足取りで、相談室を後にしました。
その背中を見送りながら、志村先生は思います。
「情報が溢れる現代は、食べることそのものが『正解探し』になりがち。でもそれより、どうしてそれを食べたいのか、そして食べたあとに、自分の体がどう反応しているか。そういった自分の体との対話ができるようになると、自分の体を軽やかに感じ、気持ちも朗らかに過ごせるかもしれません」
※この記事は、国際中医専門員・志村幸枝先生が長年の相談経験に基づき、実例を再構築したものです。プライバシー保護のため設定は変更していますが、身体の悩みと見立ては現場の知見に根ざしています。
中医学において、身体の状態は千差万別です。紹介した養生法は一例であり、効果を保証するものではありません。ご自身の身体をより正確に知りたい方は、ぜひお近くの漢方薬店など、専門家を頼ってみてください。
身体に明らかな不調がある場合は、自己判断せず速やかに医療機関を受診してください。
●監修/志村幸枝

国際中医専門員。CoCo美漢方神戸勤務。登録販売者。漢方相談歴は28年。身体の変化を感じる年頃になり、自分を実験台に漢方と向き合う毎日。日常に絡めた喩え話で「伝わる中医学」をSNSで発信している。お酒を飲みながら美味しいものを食べている時が1番幸せ。趣味はおつまみ作り。
X:漢方しむしむ@simusim01454535
インスタグラム:@cocobikobe0310
●構成・文/もぱ(京都メディアライン)











