喪失感や悲しみは自分で戦っていくしかない
――嫉妬を創作のエッセンスにしていく森さんは、「70代は未開のジャングルを進むような気分だ」と言う。
60代は楽しくて、これまで僕が構想していたことが結実していき、とても楽しかったんです。だから、2024年に70歳になったときに、怖くてしょうがなくなりました。
きっと70代の体の調子がどうなるかわからないし、思わぬ不調も出てくるかもしれない。いま、未開のジャングルに進んでいくような気持ちです。最高で楽勝な60代が終わり、これからどうなるんだろうか……と。
「きっと、老いと戦わなきゃいけないんじゃないんか」とよぎったこともあり、今は喝を入れている最中です。
2023年は、一緒に音楽をやって来た仲間たちの多くが亡くなりました。親や諸先輩方が亡くなるのとは、感覚が全く違う。一緒に音楽をやってきた高橋幸宏さんの訃報を聞いたときは、言葉を失いました。
「やっぱりそうか、人は死ぬんだ」って身に迫ってくるんですよ。2023年は辛いニュースが重なりましたよね。そういう気持ちを引きずっていても仕方がないので、挑戦する方向に進んで行こうと思っています。これは、やっぱり自分で戦うしかないんですよ。
――アーティストは感性や生き方そのものが作品に反映されていく。結婚で生活や気持ちが落ち着いたり、家族ができ守りに入ってしまうことに悩む人も少なくないだろう。
でも、若い頃から変わらない部分はある。そこに目を向ければいいんだと思いますよ。あとは常に挑戦し続けること。幅広い世代の人々と、一緒に作品を作ったり、新しい作品を聞いたりすることも大切だと思います。
加えて技術にも注目しています。ある時期から、ボーカロイド(音声合成技術)による楽曲が登場し、打ち込みで楽曲が作れる時代になりました。それまでは歌手がいないと表現できなかったことが、人の手を介さずにできるんですよ。
歌詞も「歌う人間の魅力」なくして書くことができる。40年間、アーティストの魅力や人間性に託して、詩を作り続けてきた僕としては、機械で曲を作ったら、その詩はどれだけの意味を持つのか、とても興味があります。
今は表現者にとって天国ですよ。いろんな人のチェックを受けることなく、曲がリリースできますから。今の時代の曲を聞くと、自由だし楽しいですよね。
――森さんの創作欲は衰えない。新しい技術を採用し、今の最前線の文化に触れ、進化を続けている。
終活してもいい年なんですけれど、「就活」(就職活動)と変換されちゃう(笑)。今の日課は毎朝の散歩。僕の作詞は、いわゆる「(発想が)降りてくる」ということではなく、長年の経験から、感覚が「ああ、これだ」という感じがあるんです。
家の近くに公園があるのですが、毎日、1時間程度は散歩しています。その間にひらめいたことは、スマホにメモしています。
いいフレーズは、酔っぱらっているときによく降りてきますね。でも、そういうものは、改めて、自宅で落ち着いて見ると「もう一歩」って思いますけれど。
筋力を維持するために、毎日40分くらいストレッチをしています。今年は、若い頃から楽しんでいた、テニスを再開しようと思っていますから、筋力をつけておかねば。僕は60代が本当に楽しかったんですよ。70代がどうなるのか、全くわからないけれど、楽しく生きていきたいと思っています。
哲学者のような佇まいもある森さんは、音楽、舞台作品などを通じて、人×言葉の力を引き出し続けてきた。森さんが今度、言葉の力を託すのは、いったい何なのだろうか。
そして、まだ森さんの中に眠っている言葉や、熱い思いはなんなのだろうか。稀代のアーティスト・森雪之丞がこれからの時代、私たちにどんな世界を見せてくれるのか、楽しみだ。
●森雪之丞さんの最新詩集
構成/前川亜紀 撮影/乾晋也