サライ世代に役立つビジネスの極意を紹介する本連載。

生徒の成績が日本一の秋田県は、独自の学校運営によって、その結果を出しているという。

いったいどのような運営を行っているのか?

マネジメント課題解決のためのメディアプラットホーム「識学総研」より、日本一の学校教育の秘密を探ってみよう。

* * *

生徒の成績日本一の秋田県の学校運営は企業マネジメントに通ず

組織のマネジメントを考えるとき、秋田県の学校運営が参考になるかもしれません。

秋田県は小中生対象の全国学力・学習状況調査(全国学力テスト)で常にトップクラスにランクインしています。子供の学力は親の所得に比例するという説は正しい[1]のですが、秋田県民の平均所得は全国平均を下回ります[2]。つまり、秋田県の子供たちの成績のよさは、教育理論に矛盾しているわけです。

矛盾を覆したのは、学校のマネジメント力です。

秋田県は優れた学校運営をしているから、子供たちの学力が上がっているのです。

この「秋田教育」と呼べる優れたマネジメント手法は、ビジネスにも通用するでしょう。

「秋田教育」の成果とは

秋田教育の成果を紹介します[3]。2018年の全国学力テストの科目別・都道府県別ランキングトップ3は以下のとおりです。

□小学校
・国語A 1位秋田、2位石川、福井
・国語B 1位秋田、石川、3位広島
・算数A 1位石川、2位秋田、東京
・算数B 1位石川、2位秋田
・理科   1位秋田、石川、3位富山、福井

□中学校
・国語A 1位秋田、2位石川、福井
・国語B 1位秋田、2位石川、3位福井
・数学A 1位福井、2位石川、3位秋田、富山
・数学B 1位福井、2位石川、3位秋田、富山
・理科  1位石川、福井、3位秋田、富山

全国学力テストは小学校も中学校も上記の5教科を行います。石川や福井も優秀な成績を残していますが、秋田は計10教科のうち5教科で1位になっています。実に「優勝勝率」5割を誇るのです。

お金と教育と成績の関係とビジネス

子供の学力は親の所得や社会的な立場の影響を受ける、という説は一般的に受け入れられています[4]。親の所得が高いと子供を塾や予備校に通わせることができますし、社会的な立場が高い人は高学歴であることが多く、自分の子供にもレベルの高い教育を受けさせようという気持ちが働きます。お金と教育と成績が密接不可分なのは当然といえば当然です。

しかし秋田県民の平均賃金は年347万円で、全国平均の年439万円より92万円も低いのです[4]。

つまり「秋田教育」は、お金をかけないで高い実績(成績)を出すノウハウがつまっている、と推測できます。コストを削りながら業績を伸ばしたいと考える企業は、注目しないわけにはいかないでしょう。

なぜ「秋田教育」は強いのか

秋田県の教育の強さの秘密は、「秋田県教員育成指標」にあるかもしれません[5]。この指標では、教員を4つのステージにわけて育成する方針を示しています。これは企業におけるキャリアパス(キャリアを積む道)に該当するでしょう。

秋田県は小中学校の共通の教育課題として(1)ふるさと教育・キャリア教育の推進、(2)問いを発する子供の育成、(3)若手教員の指導力向上、を掲げています。この課題を解決するために、教員は次の3つを身につける必要がある、としています。

・マネジメント能力
・生徒指導力
・教科等指導力

この3項目の内容は膨大なので、ここではマネジメント能力だけに注目してみます。

4つのステージにわけて徐々にマネジメント能力を高める

秋田県の教員は4つのステージごとに獲得すべきマネジメント能力が示されています。

第1ステージは、初任から3年目までの教員が対象です。この段階の教員は、学級担任としての責任を自覚し、組織内で協同的に動くことを学ぶことで、教員としての心構えをつくっていきます。

第2ステージは4年目から10年目の教員が対象です。この段階の教員は、学年経営を理解したうえで、それを自身の学級に反映させることを目指します。

また自身の学級経営で得た知見や経験を活かして、学年経営に貢献できる建設的な意見を出すことが求められます。

さらに保護者への啓発や学校危機への対応もできるようにならなければなりません。

第3ステージは「11年目以降」とだけ設定されていて、上の年限は定められていません。この段階の教員は、中堅教員としての自覚を持ち、積極的に学校経営に参画することが求められます。

また保護者や関係機関との連携をマネジメントできるようにならなければなりません。そして学校危機を起こさないようなリスクマネジメント能力を身につける必要があります。

第4ステージは特に年数は決まってなく、管理職やベテラン教員として求められる素養を身につけた教員が対象となります。素養とは具体的には、組織運営力、学校経営力、教科等指導力、生徒指導力、進路指導力、人材育成力、外部折衝力、人材育成力という8つの能力のことです。第4ステージの教員、または教頭、校長は学校運営の推進と充実を図ることが求められます。

そして4つのステージごとに、教員が受ける研修も定められています。例えば第1ステージでは授業力向上研修1、第2ステージでは教職5年経験者研修、第3ステージでは学校組織マネジメント研修、第4ステージでは校長・教頭研修や専門的実践力向上研修などです。研修の数は全部で12もあります。

さきほど「秋田県教員育成指標は企業におけるキャリアパスに該当する」と解説しましたが、秋田県ほど綿密に社員のキャリア形成を考えている企業は、それほど多くはないのではないでしょうか。

「発言の機会を増やす」を、ビジネスにどう活かすか

秋田県教員育成指標などによって鍛えられた小中学校の教員たちは、教育現場で「スゴい授業」を展開しています[6][7]。

その要素を抜き出すと、次の5つにまとめることができます。

・発言の機会を増やす
・誤答を大切にする
・少人数教育
・苦手意識の克服
・教育専門監

秋田教育の具体的な事例を紹介しながら、ビジネスにどう活かすことができるのか検討していきます。

まず「発言の機会を増やす」ことですが、秋田教育では「表現してこそ、思考力と判断力が培われる」と考えています。表現と思考と判断を三位一体でとらえているところがポイントです。

人は言葉を発しなくても文章を書かなくても、つまり表現しなくても思考することができます。無言で判断することもできます。

しかし児童・生徒に表現の機会を与えると、より深く思考し、より明確に判断するようになるのです。

教育現場における発言や表現を、ビジネスシーンにおける実行や試作品、プレゼンに置き換えると、ビジネスでも通用する考え方になるのではないでしょうか。

例えば最近は「β(ベータ)版」という考えが、特にITで浸透しています。β版とは、完成する前の製品をユーザーに提供する取り組みです。β版の段階の製品をユーザーに使ってもらい、その評価や意見などをフィードバックしてもらうわけです。

また古くは、サントリーの創業者、鳥井信治郎は「やってみなはれ、やらなわからしまへんで」という名言を残しています。鳥井氏の精神は未知の分野に挑戦するDNAとして社員に受け継がれている、とサントリーは考えています[8]。

「やればわかる」「やってみなければわからない」という企業の取り組みは、秋田教育の「表現が思考力と判断力を鍛える」に通じるものがあります。「発言してみなはれ、表現せな思考力と判断力が身につきまへんで」というわけです。

「誤答を大切にする」を、ビジネスにどう活かすか

秋田教育では、子供たちの間違った答え「誤答」を大切にします。授業で子供たちが間違った答えを出したら、教員たちは次のように言います。

・なぜ間違ったのだろうか、それを考えてみよう
・どうしたら正しい答えになるだろうか
・(誤答をした)〇〇君のおかげで、みんながたくさん考えることができました、ありがとう

学校で学ぶべきことは、正答ではなく正答にたどりつくまでの過程です。答えだけを丸暗記しても、社会で通用する力は養われないからです。

誤答を大切にすると、考え方が間違っていたから正しい答えにたどり着かなかった、ことを学ぶことができます。

また教師が誤答を大切にすることで、子供たちは間違った答えを言うことに躊躇しなくなります。表現や発言がしやすい環境が生まれるのです。

ビジネス現場ではいま、パワハラが大きな問題になっています。部下が間違ったとき、上司が猛烈な勢いで叱れば、それはパワハラと認定されます。悪質なパワハラは、部下の考える力を奪い、過度なストレスを与え、生産性を低下させます。

一方でビジネスでも誤答を大切にすると、より大きな間違いやミスを予防することができます。

例えば建設業界では、大きな間違いやミスが発生すると多額の損失を招き、人命にかかわることもあります。そこで建設業界ではミスから学ぶ習慣が根付いています。日経BP社が「100の失敗事例に学ぶ設計・施工トラブルの防ぎ方」という本を出している[9]のですが、この本には建設現場での凡ミス、偽装、隠蔽、事故、品質トラブルを事細かに紹介しています。日本には世界一の建築物や建造物が数多く存在しますが、こうしたミスから学ぶ取り組みも優れた作品に貢献しているはずです。

「少人数教育」を、ビジネスにどう活かすか

秋田県では全国的にもかなり早い段階から少人数教育を取り入れていました。学業につまずきやすい小学1、2年と中学1年に20人授業を実施しています。少人数教育は教師の数を多くしなければならないので、コストがかかります。秋田県では2001年から少人数学習推進事業に取り組み、56億円の予算をつけました[7]。

少人数なら教員の目も届きますし、子供たちも恥ずかしがらずに自由に発言できるようになります。

ビジネスで少人数教育に通じるのは、経営の神様といわれている稲盛和夫氏が提唱し、京セラで実践したアメーバ経営でしょう。

アメーバ経営とは、少人数のグループごとに採算を測る組織マネジメントの手法です。アメーバは単細胞で複雑な器官や臓器を持ちませんが生存競争に見事に勝ち残っています。

それと同じように組織も小集団にすることでチーム内の意思疎通ができ、予算やプロジェクトの進捗状況もしやすくなります。アメーバを集めた企業運営こそが、京セラの強みというわけです。

ただアメーバ経営には、社員たちが「自分のチーム主義」に走るデメリットがあります。そこで京セラでは、例えば新しい開発を手掛けるときは、少人数のチームをつくりつつも、他のチームのメンバーが時折参加して「人事(ひとごと)」や「自分事」を「会社の事」にするようにしています[10]。

小集団での活動と組織横断的な取り組みを同時に進めることが、アメーバ経営の肝といえます。

秋田教育も少人数教育だけでなく、組織横断的な仕組みがあります。それは教育専門監という仕組みです。

「教育専門監」を、ビジネスにどう活かすか

秋田県では卓越した教科指導スキルを持つ教員を、教育専門監に認定しています。教育専門監に認定された教員は、自分の学校だけでなく、ほかの学校でも指導をします。

教育専門監制度では、秋田県内の子供たちが均等に良質な授業を受けられるだけでなく、そのほかの教員が高度な授業テクニックを取得できるメリットもあります。

企業にも教育専門監のような役職の人がいたら便利でしょう。営業スキルが高い社員が、必ず優秀な営業課長になるわけではありません。

また、優れた管理能力を持っている人は、どの部署の管理職になっても職場をまとめることができます。言い尽くされた言葉ですが、名プレイヤーが名監督になれるとは限らないのです。

そこで、部署を広くみてスタッフをまとめ上げられる人を会社の共通の人材とみなし、新プロジェクトを抱えた部署や、業績が上がらない部署に配置するのです。

このような組織横断的な取り組みは、社内業務のデジタル化を進めるときに有効です[11]。社内業務をデジタル化すると、事務効率が上がり、営業業績が向上し、マーケティングの確度が高まります。

しかし業務のデジタル化はコストと手間がかかるので、なかなか進まないのが現状です。また「デジタル化で何をしたいか」を定めることにすら苦労する企業もあります。

そこで企業でデジタル化を進める場合、「全体をみる人」の存在が大切になります。各部署のニーズを把握して、システムをリンクさせたり、業務を統合したり、無駄な既存業務を排除したりするのです。

「苦手意識の克服」を、ビジネスにどう活かすか

秋田教育には算数・数学学力向上推進事業があります。国語でもなく英語でもなく理科でも社会でもなく、算数と数学を重視しているのです。それは、子供たちには、算数と数学の授業の初期段階につまずくとすべての勉強を嫌いになってしまう傾向があるからです[7]。

この算数・数学作戦では、特別チームを結成し県内の小中高校を訪問し12年間を見通した算数・数学指導を行います。

勉強の成績を上げるには、好きになることが近道です。しかし人がある事柄を好きになることを簡単なことではありません。そこで秋田教育では「好きをつくる」前に「嫌いをつくらない」ようにしているわけです。

ヤフーは社員教育が充実していることで知られています。例えば学習支援事業では、TOEICは会社負担で受験できますし、理学博士課程への進学支援も行っています。またエンジニア限定ですが、月1万円の技術活動費用補助という仕組みがあります。このお金は書籍やアプリやデバイスの購入、セミナーへの参加に使うことができます[12]。

ヤフーは、苦手な仕事を克服したいという社員のモチベーションを大切にしているのです。そのようなモチベーションは必ず会社発展の原動力になり、ならばそのために会社が費用負担をすることは人材投資にほかならない、と考えているのでしょう。

まとめ~危機感は常に原動力

昭和30年代、秋田県は全国学力テストで40位台に低迷していたそうです。このとき秋田県の教育関係者たちは「これでは県外にいる秋田出身者が胸を張って帰郷できない」という危機感を持ったのです。ここからいまの秋田教育がスタートしました[7]。

企業経営でも、倒産の危機に陥りながら見事にV字回復を果たすことがあります。そのまま倒産する会社と見事に復活を果たす会社の違いは、危機感を持てるかどうか、そして持った危機感を原動力に変えられるかどうかではないでしょうか。

秋田教育の成功事例は、それを教えてくれているように思います。

【参照】

[1]:世帯所得と小中学生の学力・学習時間―教育支出と教育費負担感の媒介効果の検討―(卯月由佳(国立教育政策研究所)、末冨芳(日本大学)、文部科学省)
https://www.nier.go.jp/05_kenkyu_seika/pdf_seika/h28/uzuki%2Bsuetomi_2.pdf

[2]:平成27年度県民経済計算について(内閣府)
http://www.esri.cao.go.jp/jp/sna/data/data_list/kenmin/files/contents/pdf/gaiyou.pdf

[3]:全国学力テスト2018(47NEWS)
https://www.47news.jp/culture/education/gakuryoku_2018

[4]:秋田県民、なぜ低所得&低賃金でも好成績?(ビジネスジャーナル)
https://biz-journal.jp/2018/03/post_22773_3.html

[5]:秋田県教員育成指標(秋田県)
https://www.pref.akita.lg.jp/uploads/public/archive_0000030275_00/2_%E6%95%99%E5%93%A1%E8%82%B2%E6%88%90%E6%8C%87%E6%A8%99%EF%BC%88%E6%A1%88%EF%BC%89_%EF%BC%9C%E3%83%91%E3%83%96%E3%82%B3%E3%83%A1%EF%BC%9E.pdf

[6]:秋田県、学力テストで全国1位の理由…小学校のスゴい授業(ビジネスジャーナル)
https://biz-journal.jp/2018/03/post_22773.html

[7]:学校授業のスパイス すごいな、秋田!(次世代教育推進機構)
https://www.next-edu.or.jp/spice/akita/index.html

[8]:「やってみなはれ」の歴史(サントリー)
https://www.suntory.co.jp/recruit/fresh/manage/history.html

[9]:「100の失敗事例に学ぶ設計・施工トラブルの防ぎ方」(日経BP社)
https://eb.store.nikkei.com/asp/ShowItemDetailStart.do?itemId=D2-00255710B0

[10]:アメーバ経営 開発にも 京セラ(日本経済新聞)
https://www.nikkei.com/article/DGKKZO23223520X01C17A1LKD000/

[11]:ポイントは「部門横断型組織」への移行(日経ビジネス)
https://special.nikkeibp.co.jp/atclh/NBO/17/nri_digital0721/

[12]:学習支援(ヤフー)
https://about.yahoo.co.jp/hr/workplace/training.html#anchor07

* * *

どんなことでも「日本一」になる組織は、企業にとって大いに参考になるはずである。今回のケースは、会社経営におけるさまざまな課題に対する解決へのヒントになるのではないだろうか。

引用:識学総研 https://souken.shikigaku.jp/

 

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