文/鈴木拓也
戦後の一時期にピークを迎えた銭湯は減少の一途を辿っているが、最近になって多方面から注目され、復権の兆しがあるようにみえる。それは、淘汰の時代を生き抜いた銭湯の運営者の工夫と努力によるところが大で、一度その魅力を知ると家風呂には戻れない人がいるくらいだ。
創業80余年の小杉湯(杉並区)の番頭兼イラストレーターをしている塩谷歩波(えんやほなみ)さんも、その1人。以前は建築事務所で勤めていたが、体調不良で休職。健康にいいかと銭湯に行ったところ、それで調子が回復し、方々の銭湯を巡るようになったという。
塩谷さんは、銭湯に「恩返しをしたい」との思いから、銭湯の内部をイラストにしてTwitterに投稿するようになった。名付けて「銭湯図解シリーズ」。もともと、銭湯に馴染みのない若い世代を意識して描いたそうだが、幅広い層で話題になり、ついに書籍化された。それが、『銭湯図解』(中央公論新社)である。
本書に掲載されているのは、都内の銭湯をメインに24軒。例えば、塩谷さんが勤務する小杉湯のイラストは、以下のとおり。
投影図法の1つ、アイソメトリックの技法で描かれた俯瞰図は、小杉湯の入り口から銭湯壁画まで網羅されており、余白には手書きで簡潔な説明が加えられている。
見開きイラストの次のページには文章による解説があり、ところどころにコラムがあるのが本書の構成だ。
次のイラストは、桜館(大田区)。あいにく花見の時期は過ぎてしまったが、開花期には「窓越しに桜を望むことができる」と解説がある。銭湯の建物の前に、その桜の木が立っているそうで、なかなか風情ある場所のようだ。
「代々木上原の異世界」と題されたのは、大黒湯だ。イラストには「浴槽の周りを仕切りで囲い、壁上部のパイプからミストを発生させている」ミストサウナや、「ピリッとくる」電気風呂などが見え、なるほど異世界に浸かる気分になれそうだ。それでいて、「訪れるたびに常連さんから優しく声をかけられることが多く、また、お風呂の中の創意工夫などからは大黒湯のお客さんを思う気持ちが想像できて、そこに温かさを感じられるのだ」と、塩谷さんは付け加える。
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本書のイラストはどれも、開店前にレーザー測定器などを用いて実測し、写真も撮った後、ほかの入浴客に交じってお風呂に入り内部を観察するという準備を経て、下書き→ペン入れ→着彩まで、20時間以上かけて描き上げた労作。サライ世代も行きたくなる、どこか懐かしさをおぼえる佇まいの銭湯が多いので、本書を読んであちこちを訪ねるのも、また一興だろう。
【今日のお風呂が楽しくなる1冊】
『銭湯図解』
http://www.chuko.co.jp/tanko/2019/02/005169.html
(塩谷歩波著、本体1,500円+税、中央公論新社)
文/鈴木拓也
老舗翻訳会社役員を退任後、フリーライター兼ボードゲーム制作者となる。趣味は散歩で、関西の神社仏閣を巡り歩いたり、南国の海辺をひたすら散策するなど、方々に出没している。