取材・文/末原美裕
広島県は宮島にある「うえの」のあなごめしは、明治30年に宮嶋駅(当時の表記)の駅売弁当として販売したのがはじまりでした。
その頃、宮島近海では、あなごがよく獲れたそうで、地元の料理としてあなごどんぶりが愛されていました。その様子は江戸時代の『芸藩通史』にも、宮島のあなごの美味しさが書き伝えられています。
「うえの」の創業者である、上野他人吉氏は、この「あなごどんぶり」の白飯をあなごのアラで炊き込んだ醤油味飯にすることで評判を呼びました。それから百十年の時を経た今も、多くの人を魅了しています。
「うえの」のあなごは、蒸したり、煮たりする調理はせず、ただひたすらにあなごの脂に頼って焼いています。だから、あなご本来が持っている美味しさがぎゅっと濃縮されているのです。ふっくらとしたご飯の上に乗っかる焼きたてのあなごは脂がよくのり、食感もほくほくとしています。
暑い時には、冷えた地酒とともにいただくと完璧です。
そして、創業時と同じく、あなごめし弁当も販売されています。あまり並ばず、手軽に持ち帰ることができるのでおすすめです。
ふっくらとした穴子がふんだんに詰められた玉手箱のようなお弁当は、冷めて行く時間とともに味が染み込み、あなご本来の上品な香ばしさが増しているように感じます。
実は筆者は子どもの頃、夏休みになると父の故郷・広島へ滞在し、恒例のように宮島の厳島神社へご挨拶に行っていました。そして、その帰りに必ず立ち寄って食べたのが、この「うえの」のあなごめしでした。
うな丼は苦手で、似た雰囲気のあなごめしも実は好みではなかった筆者ですが、なぜか「うえの」のあなごめしだけは、自ら「食べたい!」とねだっていたのを覚えています。子どもなのに、いや子どもだからこそ、難しい言葉は介在せず、真っすぐにその美味しさを感じていたのでしょうね。
大人になってからは、改めてこの洗練された味わいに心を奪われました。帰路の汽車旅のお供としても、ぴったりなのです。
「うえの」のあなごめしは、不思議とその時々の“宮島の味”を感じさせてくれるような気がします。そして「また、きんさいね」と広島弁で語りかけてくれるような、あたたかい気持ちにしてくれます。
【あなごめし うえの】
住所:広島県廿日市市宮島口1-5-11
電話:0829-56-0006
営業時間:9時〜19時(無休。毎週水曜日はお持ち帰りの折箱だけの販売日となります)
http://www.anagomeshi.com/
取材・文/末原美裕