文・写真/山本益博

「江戸前」というと、まず「鮨」を思い浮かべるかもしれないが、実ははじめて江戸前ということばが使われたのは「鰻」からだった。徳川時代、江戸の海に注ぐ川から獲れた鰻を使って蒲焼に仕立て上げたものを「江戸前」と呼んだのだった。それが、いつしか「握り鮨」の代名詞になってしまったわけだ。

この「江戸前の鰻」に対して、江戸の海以外で獲れた鰻のことは「旅の鰻」と呼んで区別していた。

現在は、東京湾の鰻は調理されないから、茨城県霞ケ浦で獲れる天然鰻のことを「旅の鰻」などと呼ぶ人はいない。同じように、養殖の本場・浜松の鰻も、いまや「旅の鰻」ではなく「本場の鰻」と言ってよい。

そんな本場・浜松から昨2017年に東京へ進出してきた鰻の店が『うなぎ藤田』である。鰻料理がいろいろと揃っているが、私が出かけたとき、必ず注文するのが「きも焼き」「白焼き」そして「蒲焼」である。

きも焼き

白焼き

「きも焼き」と「白焼き」には清酒が欠かせない。静岡県の銘酒が揃う中、今回選んだのは『開運』の特別純米。すっきりとした味わいが、「きも焼き」「白焼き」を引き立ててくれた。

「白焼き」に添えられたわさびは、おろしたての本わさび。香り高く、季節柄甘みも感じられる質の高いわさびだった。

さて、メインディッシュの「鰻重」をいただく段になり、私はとっておきの小技を使ってみた。

「うなぎ藤田」の山椒はヒリリと辛いが、香り高い本物の山椒である。これを、蒲焼の上からかけたのでは、山椒の値打ちが台無しになってしまう。そこで、蒲焼を箸でもってスライドさせてから、タレの染み込んだ御飯の上に山椒を直接振りかけたのだ。

じつはこうして鰻重をいただくと、山椒が活きて、蒲焼も美味しさ倍増となる。ぜひお試しいただきたい。

さらに、香の物に奈良漬けが添えてある。蒲焼の合いの手には、なにより奈良漬けが蒲焼の味を切ってくれるので、再び蒲焼に手を付けたとき、リフレッシュされるのだ。

昔の鰻屋では、どこも奈良漬けを添えていたのだが、高価にもかかわらず、手を付けずに残す客があまりにも多く、いつしか添えられなくなってしまった。情報ばかりが氾濫して、こうした作法や流儀が忘れられてしまったのが、何とも残念である。


【今日のお店】
『うなぎ藤田』
■住所/東京都港区白金台4-19-21 IGAXビル3F
■電話番号/電話 03-6432-5636
■営業時間/11:30~14:00、17:00~21:00
■定休日/月曜
http://www.unagifujita.com/smphone/index.htm

文/山本益博
料理評論家・落語評論家。1948年、東京生まれ。大学の卒論「桂文楽の世界」がそのまま出版され、評論家としての仕事をスタート。TV「花王名人劇場」(関西テレビ系列)のプロデューサーを務めた後、料理中心の評論活動に入る。

 

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