
「ご存じですよね?」と問われたとき、素直に「知りません」とは言いにくくて、つい曖昧にうなずいてしまった経験はありませんか?
年齢を重ねるほど、「ある程度は知っていて当然」と思われる場面も増えていきます。浅い知識しかないのに、さも詳しそうな顔をして話を合わせ、あとになって恥をかく…。そんな経験は、きっと誰にでもあるはず。特に、料理やワインの話題が飛び交うお酒の席では、つい「知ったかぶり」をしてしまいがちです。
例えば、京都の夏を代表する鱧料理。梅肉やわさびで食べる料理ということは知っていても、実は意外に脂が乗っていることを知る人は多くないでしょう。そのことを踏まえると、当然選ぶ酒によって、料理の味わいは変わります。
今回は、鱧料理に合うワインを教えてもらいました。この記事を読むと、自信を持って「知ったかぶり」ができますよ。
鱧料理に合うワインは?
「鱧は淡泊な魚に見えますが、意外と脂があるんです。ですから、その脂をすっきりと流してくれる、酸とキレのあるワインがいいと思いました」
そう話してくれたのは、京都で149年続く老舗ワイン商「ワイングロッサリー」の6代目、吉田まさきこさんです。
今回、吉田さんが鱧料理に合わせて選んだのは、オーストリアの白ワイン「ニグル グリューナー・ヴェルトリーナー センフテンベルガー ピリ 2023」(以下、ニグルのグリューナー)でした。
鱧の旨みと脂には、ワインのきれいな酸と爽やかなキレを。そして、付け合わせのグリーンマスタードの香りには、白胡椒を思わせるスパイシーなニュアンスを重ねる。ニグルのグリューナーは、この二つの特徴を同時に受け止める一本だといいます。

J.S.A.認定ソムリエの吉田まさきこさん。
ニグルのグリューナーは、クールなミネラル感に加え、香辛料を思わせる香りを備え、ジューシーな果実味と適度な厚みとスパイシーな余韻を持つ辛口の白ワイン。鱧の旨みとグリーンマスタードの香りの両方に寄り添う一本なのです。

爽やかなのに、味が薄くない。吉田さんが惚れ込んだ品種
「グリューナー・ヴェルトリーナー」は、オーストリアを代表する白葡萄品種の一つです。日本ではまだ広く知られているとはいえませんが、吉田さんはこの品種に惚れ込んでいるといいます。
「グリューナー・ヴェルトリーナーから造られるワインは、すごく清らかなんです。爽やかでキレがあるのに、味が薄いわけではない。旨みがあって、ミネラル感も豊かです」
冷やして飲めば、夏にふさわしい爽快感があります。一方で、ただ軽快なだけではなく、出汁や魚の旨みを受け止めるだけの厚みもある。そのバランスのよさが、和食との相性につながっています。
「夏に一杯飲むと、『わあ、美味しい』と思えるような爽快感があります」
きれいな酸、涼やかなミネラル感、そして料理を邪魔しない果実味。鱧をはじめ、夏の和食に合わせたくなる理由が、吉田さんの言葉から伝わってきます。

(C)Austrian Wine
オーストリアワインは「外れが少ない」
吉田さんは、ワイン初心者にもオーストリアワインは選びやすいと話します。
「オーストリアのワインは、美味しいものが多く、全体的に高品質なんです。特に日本に輸入されているものは、かなり質が高くて、外れが少ないという印象があります」
オーストリアは国土の約3分の2をアルプス山脈が占めているため、葡萄を栽培できる地域が限られています。フランスやスペインのような農業大国と生産量で競うことは難しいため、量ではなく品質を高める道を選び、早くから有機栽培や高品質化に取り組んできたといいます。
1985年には一部の業者によるジエチレングリコール混入事件が発覚し、オーストリアワイン全体の信用を失う大きな危機に直面しました。しかし、これを機に徹底した改革を進め、世界でも特に厳しいとされるワイン法を制定。厳格な品質管理のもとで再出発を果たし、現在では世界有数の高品質なワインを生み出す産地として高く評価されています。
「私の感覚では、どのワインも『偏差値が高い』という印象です」
その中でも、グリューナー・ヴェルトリーナーは、オーストリアらしい清らかさと精度の高さを感じやすい品種だと吉田さんはいいます。
花崗岩や片麻岩がはぐくむ、美しいミネラル感
ニグルのグリューナーを造る名門ワイナリー、ヴァイングート・ニグル(以下、ニグル)は、オーストリアのクレムスタール地方、ゼンフテンベルクにあります。世界遺産「ヴァッハウ渓谷の文化的景観」にも近い、クレムス渓谷周辺のワイン産地です。

この土地には、花崗(かこう)岩や片麻(へんま)岩、雲母片(うんもへん)岩などを含む原岩土壌が広がっています。こうした土壌が、ニグルのワインに透明感のあるミネラルを与えるといわれているのです。
また、昼夜の寒暖差が大きいことも重要です。昼間の暖かさによって葡萄の果実味や香りが育まれ、夜には冷涼な空気が流れ込むことできれいな酸が保たれます。その結果、果実味がありながら重たくならず、繊細さと上品さ、透明感を兼ね備えたワインが生まれるのです。
吉田さんは現地を訪れ、畑の美しさを実際に目にしています。
「本当に美しい畑でした。渓谷なので高低差があり、川が流れ、その周囲の丘陵に葡萄畑が広がっています」
朝には霧が立ち込め、そこへ朝日が差し込むと、時間とともに霧がさっと晴れていく。吉田さんは、その風景を「まるで物語の中のよう」と振り返ります。

畑の個性を映し出すワインを
ニグルの現当主であるマルティン・ニグル(以下、マルティン)さんが目指しているのは、「畑の個性を映し出すエレガントなワイン」を造ること。そのため収穫は、数週間、時には2か月近くに及ぶこともあるそうです。畑の葡萄を一度に摘むのではなく、最良の熟度を迎えた実だけを見極め、何度も畑に入り丁寧に収穫していきます。

吉田さんが現地で会ったマルティンさんは、そんなワイン造りとどこか重なるような人柄だったといいます。
「とても寡黙で、真面目な方です。まさに職人という印象でした」
清らかな酸と透明感を持ちながら、その奥に確かな旨みがある。ニグルのグリューナーの味わいは、職人気質の造り手の姿をそのまま映しているのかもしれません。

同じ銘柄がない場合は「キリッとした辛口の白」を
同じニグルのグリューナーが見つからない場合は、どのようなワインを選べばいいのでしょうか?
吉田さんは、まずオーストリアの白ワインを試してほしいと話します。
「同じ銘柄が見つからない場合は、まずグリューナー・ヴェルトリーナーを使ったワインを探してみてください。それもなければ、オーストリア産の辛口白が候補になります。
さらに範囲を広げるなら、樽の香りが強い濃厚なタイプではなく、きれいな酸を持つ、キリッとした辛口の白を選ぶといいでしょう」と吉田さん。
鱧しゃぶのようなシンプルな料理なら、シャンパーニュをはじめ、酸のきれいなスパークリングワインもよく合うそうです。
一方、今回のようにグリーンマスタードを使い、味わいに厚みがある料理には、ただ軽く爽やかなだけではなく、ある程度の果実味と旨み、スパイス感を持つ白ワインが適しています。
また、ニグルのグリューナーは、湯引きした鱧に梅肉を添えた一皿にも合わせやすいといいます。
「辛口ですっきりしていますが、旨みもしっかりあるので、梅肉の風味にも負けません」
さらに、鍋料理や煮物、魚、肉など、家庭の幅広い料理とも合わせやすいのがグリューナー・ヴェルトリーナーの魅力です。
吉田さんは以前、おせち料理とワインの相性を検証する勉強会を開いたことがあるといいます。甘いもの、塩辛いもの、煮物、魚、肉と、さまざまな味が入るおせちに複数のワインを合わせたところ、最も幅広い料理に対応したのが、オーストリアのグリューナー・ヴェルトリーナーだったそうです。
「和食に合わせるワインを一本だけ選んでくださいと言われたら、私は迷わずグリューナー・ヴェルトリーナーを選びます」
魚や野菜だけでなく、揚げ物や肉料理にも使いやすい。どんな料理が並ぶか分からない食事会にも持って行きやすい、懐の深い一本です。
鱧料理と白ワインは合う? 星野リゾート和食統括料理長がテイスティング

吉田まさきこさんが選んだ「ニグル グリューナー・ヴェルトリーナー センフテンベルガー ピリ 2023」は、鱧料理に本当に合うのでしょうか?
料理を創作した「星のや」和食部門の統括料理長を務める石井義博さんに、実際にワインを味わってもらいました。
「真味自在」ではこの料理に日本酒の「播州一献 純米 夏辛」を合わせています。その上で、ニグルのグリューナーを味わった石井さんは、こう話しました。
「日本酒に負けず劣らず、鱧と辛口の白ワインは意外と合いますね。他の魚料理とのペアリングもできそうです」
ワインとの相性にも手応えを感じたご様子でした。さらに、うれしいことに「ペアリングのラインアップに加えてもいいかもしれませんね」というお言葉までいただきました。
料理を考案した石井さんからも、吉田さんが選んだ一本に太鼓判が押されました。

鰻料理の「うざく」を、鱧で表現
「鱧とグリーンマスタード」は、どのような発想から生まれたのでしょうか?
「最初は、『うざく』を鱧で作ってみたいと思ったことから始まりました」
うざくとは、一般的に鰻の蒲焼きときゅうりを酢で和えた料理です。石井さんは、鰻の代わりに鱧を使い、「うざく」を新たな形で表現しようと考えました。
とはいえ、単純に鰻を鱧へ置き換えただけではありません。鰻の蒲焼きには、濃厚なタレがあります。そこで石井さんは、鱧の味を支えるための調味料として、独自の「鱧の醤」を作りました。
「鱧の骨や頭、切れ端などを使って、自家製の醤油を作りました。鱧の旨みを醤油に移し、それを鱧に合わせたら美味しいだろうと思ったんです」
鱧から取った旨みを、再び鱧へ戻す。淡泊な身に奥行きを与えながら、素材を余すことなく生かす工夫が凝らされていました。

西洋料理の料理人との会話から生まれたグリーンマスタード
鱧の醤とともに、今回の料理を特徴づけているのがグリーンマスタードです。その発想は、星野リゾートで西洋料理やイタリア料理を担当する料理人たちとの会話から生まれました。
「きゅうりに合わせるのであれば、マスタードも合うのではないかという話になったんです。僕自身、西洋の要素を取り入れた料理も好きなので、グリーンマスタードを合わせてみました」
グリーンマスタードには、爽やかな辛味と酸味があります。石井さんは、その特徴を「わさびと梅肉のいいとこ取り」と表現します。
鱧料理では、わさびも梅肉も昔から親しまれてきた薬味です。その二つの役割をグリーンマスタードに担わせることで、伝統的な鱧の味わいを残しつつ、どこか新鮮な一皿に仕上げているのです。
家庭で鱧を選ぶなら、下ろす前のものを
家庭で鱧を楽しむ場合は、どのようなものを選べばいいのでしょうか?
「鮮魚売り場で選べるのであれば、できれば、まだ下ろしていないものを選ぶといいでしょう」
鱧は生命力の強い魚ですが、締めて下ろしたあとは身が締まりやすく、鮮度も落ちやすいといいます。
「できれば丸の状態の鱧を選び、購入時に売り場で下ろして骨切りまでしてもらう。鮮度のいい状態で持ち帰ることが、美味しく仕上げるための第一歩です」と石井さん。

皮と身で、火の入れ方を変える
家庭で鱧の落とし(骨切りした鱧を湯引きし、冷水で締めた料理)を作る際、石井さんが最も大切なのは皮と身で加熱時間を変えることだといいます。
「まず、皮の部分に少しだけ塩を当てます。それから、食べやすい大きさに切ってください」
湯引きする時は、鱧全体を最初から湯へ入れるのではありません。先に皮だけを湯につけます。
「皮の部分を10秒から15秒ほど湯につけ、しっかり火を通します。その後、身の部分は湯の中をさっとくぐらせる程度にします」

皮は身に比べて硬いため、加熱が足りないと食べにくさや生臭さが残ります。一方、身は火を入れすぎると硬くなり、ふっくらとした食感が失われます。
皮にはしっかり火を通し、身は短時間で仕上げる。この加熱時間の違いが、家庭でも鱧を美味しく湯引きする大切なポイントです。
湯引きする湯に、日本酒を少し加える
もう一つ、家庭で試しやすい工夫があります。
「鱧を湯引きする湯に、日本酒を少し入れてください」
日本酒を加えた湯で鱧を湯引きすると、生臭さがやわらぎ、より食べやすくなるそうです。
鮮度がいい鱧であれば、日本酒を加えなくても問題ありません。しかし、購入してから少し時間がたっている場合などは、湯に日本酒を少量加えるひと手間が役立ちます。
鱧の骨で、家庭版「鱧の醤」を作る
さらに「真味自在」の鱧の醤を、家庭で再現する方法も教えてもらいました。
鮮魚売り場で鱧を下ろしてもらう際、取り除いた骨をもらえるようであれば、捨てずに持ち帰ります。
「まず、鱧の骨を焼いてください。焼いた骨を濃口醤油に漬け、鱧の旨みを移します」
さらに手をかけられる場合は、焼いた骨と醤油を鍋に入れ、軽く火を通します。そうすることで、骨の旨みがより醤油へと溶け出し、味わいに深みが出ます。
鱧の身を味わうだけではなく、骨まで調味料として生かす。家庭版の鱧の醤を作れば、いつもの梅肉や酢味噌とはひと味違う、旨み豊かな鱧料理が楽しめるでしょう。
最後に
「祭鱧(まつりはも)」という言葉があるように、鱧の旬はちょうど祇園祭の頃に重なるといわれています。夜行性の鱧を捕る漁は、夏の夜を通して行なわれるそうです。さらに、無数の小骨を持つ鱧を味わうためには、皮を切らずに、身の中の骨だけを細かく断つ「骨切り」という熟練の技も欠かせません。
一皿の鱧料理の向こうには、漁師や料理人が長い時間をかけて培ってきた知恵と技があります。そう思うと、鱧が京都の夏を代表する特別な味として愛されてきた理由も、少しわかるような気がします。
そんな鱧料理をいただくなら、平安貴族が水辺の私邸を構え、四季の風雅を楽しんだ奥嵐山の「星のや京都」は、まさにふさわしい場所でしょう。川の音に耳を澄ませながら味わう「鱧 鱧の醤 グリーンマスタード」は、忘れがたい夏のひとときになりそうです。
今年の夏は、鱧とオーストリアワインの少し意外な組み合わせを楽しみながら、美味しく暑さを乗り切ってみてはいかがでしょうか。
■星のや京都「真味自在」
住所:京都市西京区嵐山元録山町11-2
TEL:050-3134-8091(星のや総合予約)
アクセス:阪急嵐山駅より徒歩約10分、京都南ICより車で約30分
HP:https://hoshinoresorts.com/ja/hotels/hoshinoyakyoto/

●ワイン監修/吉田まさきこ(ワイングロッサリー代表取締役社長)

ワイングロッサリー代表取締役社長。J.S.A.認定ソムリエ、シャンパーニュ騎士団公認 オフィシエ(将校)、アルザスワイン騎士団公認 シュヴァリエ(騎士)。
大学卒業と同時にワインの世界に足を踏み入れ、ヨーロッパを中心に世界各国のワイン生産地を数十回以上訪問。特にブルゴーニュ、シャンパーニュ、アルザスでの滞在が長く、得意分野としています。
過去のワイン講師歴は、合計200回以上、延べ4000人の受講者を数えます。HP:https://kyoto.winegrocery.com Instagram:@winegrocery_official
●取材・執筆/末原美裕

ワイン初心者がプロフェッショナルからの教えを受けながら、取材を通して、一つ一つワインの知識を積み重ねていく過程を記事にしている。和食の一品とワインの至高のペアリングをソムリエ・料理人とともに検証する過程を描く。記事を読んでいる方とともにワイン通を目指します。
Instagram:@kyoto_monokaki note:@kyoto_monokaki
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●撮影/貝阿彌俊彦(京都メディアライン)











