文/鈴木拓也

画像はイメージです。

一時期、電子書籍に夢中になったことがあった。

なにしろ、月額980円で膨大な書籍が読み放題というのだから、たまらない。しかし、老眼が一気に進行し、「たくさん読んだ」という記憶はあっても、本の中身をほとんど覚えていないことに虚しさを覚えた。

電子書籍に耽溺したのは、それっきり。以来、できるだけ紙の本を読むよう努めている。

電子書籍にはかなわない紙の本の良さ

作家・書誌学者の林望さんも、電子書籍にはアンチな1人だ。先般上梓された『書物を楽しむ あえて今、紙の本を読む理由』(朝日新聞出版 https://publications.asahi.com/product/25929.html)では、電子書籍の問題を、序盤から舌鋒鋭く記す。

もし電子本を読むとしても、スマホではだいいち小さくて目が疲れるし、タブレットでは重くて手が疲れる。とても文庫本を寝転んで読む快楽と同じにはなりません。つまり、本というものは、その形、存在のすがたが、千年を超える長い長い歴史の中で完成されてきた世界なので、それをたかだか数十年の電子ものが取って代わることなど想像すらできません。
(本書18pより)

林さんはさらに、紙の本には、デジタルでは決して表現できない、モノ(オブジェクト)としての存在感があると指摘する。1冊の本を手にとったときに感じる手触り、重さ、匂い、装訂といった「味わい」は、紙の本ならではの特質だとも。

もう1つの重要な点として、本に対する向き合い方を挙げる。昨今、タイパ重視の考え方が流行し、映画・音楽を倍速で視聴する人たちも出てきた。同様に、電子書籍を飛ばし読みして、内容をざっと把握すればよしとする風潮が広がる危険性を、林さんは憂慮する。特に古典は、そうした読み方をしたところで「深く玩味賞嘆」できるものではない。思索を重ねながら、行きつ戻りつ読むのが、本当の読書だと諭す。

教科書のデジタル化は「愚昧化政策」

先日、デジタル教科書を正式な教科書と位置づける法案が可決された。

林さんは、教科書のデジタル化には否定的だ。それこそ、「愚昧化政策」だと切って捨てる論調を、本書で展開する。理由は、スマホで読む電子書籍と同じで、次のように書いている。

それをタブレット1枚だけ持って行くのは、もう何もかもスマホでやるのと一緒で、便利ではあるが味気ない。オブジェクトとしての教科書がないのは、それとともに暮し、それをつかって学んだという「実感」が圧倒的に希薄になってしまう、そういうものです。
(本書47pより)

推進者からしたら、デジタル教科書には紙の本にはない優位性があると、反駁したくなるだろう。例えば付箋機能は、手貼りの付箋に比べたら、ずっと利便性が高いように思える。

林さんは、それは「真似事」だと一蹴する。読者の手によって傍線を引かれ、注釈が書かれ、付箋を貼られた本は、手沢本(しゅたくぼん)と呼ばれる。この、見方によっては本を汚す行為は、自身の読書や研究の足跡であり、後年それを見返したときに湧き上がる感銘や反感といった感情は、デジタルの世界では得られないと両断する。

図書館で借りて読むな

林さんは、電子化された本と似た理由で、図書館で本を借りて読むことにも反対する。

一度読んだ本の内容の記憶は、時間とともに薄れていくが、常に手元にある「自分の本」であれば、読み返すことで記憶を新たにできる。

他方、図書館で借りた本は、返してしまえばそれっきり。その本を読んだこと自体忘れてしまう可能性すら往々にしてある。では、何のための読書であったのか…。

読んで、「読んだぞ」と思って、そのことで満足し、すぐに本を図書館に返してしまって、自腹を切って買おうとも思わない程度のことであれば、ま、そんな読書はいずれ雲霞と消えてゆきます。そういうものなんです。
(本書125pより)

また、図書館の無料で本を貸すシステムについても懐疑的だ。本が高価なものであった明治時代ならいざ知らず、桁違いに安く買える今の時代、同じタイトルのベストセラーを何十冊も揃えて貸し出すのは、おかしいのではないか。出版産業・文化の衰退は、実にこの歪んだ構造に胚胎されているのではないかと疑義を唱える。

もっとも林さんは、図書館をなくせと主張しているわけではない。イギリスの図書館だと、館外貸出をする場合、少額の借り賃を払う。この借り賃の一部は、著者に還元される仕組みになっている。この仕組みを日本の図書館が導入するだけでも、出版文化の衰退は食い止められるのではないかと提案する。同感する読書人は多いのではないか。

* * *

本書で林さんが取り上げる論点は、書物への偏愛ゆえと鼻白む向きもあるかもしれない。しかし、知の殿堂たる出版文化が危機にあることを鑑みれば、傾聴に値しよう。愛書家なら、一読をすすめたい。

【今日の教養を高める1冊】
『書物を楽しむ あえて今、紙の本を読む理由』

林望著
定価990円
朝日新聞出版

文/鈴木拓也
老舗翻訳会社役員を退任後、フリーライターとなる。趣味は神社仏閣・秘境めぐりで、撮った写真をInstagram(https://www.instagram.com/happysuzuki/)に掲載している。

 

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