文・石川真禧照(自動車生活探険家)

ガソリン自動車の黎明期から20世紀前半まで、欧州を中心とした国々で多くの自動車メーカーが誕生した。それぞれのメーカーが自社の製品の優秀さを広く世間にアピールするために選んだのが、レースやラリーでの競争に勝つことだった。こうしたサーキットレースや公道ラリーはガソリンエンジンが発明されて間もなく、19世紀終わりには開催され、各メーカーは競って参加するようになった。その中で優秀な成績を収めたメーカーの何社かは、今でも自動車メーカーとして存在している。


アルファロメオ、ベントレー、ランチャ、ジャガー、ロータス、ロールスロイス、シトロエン、プジョー、ルノー、マセラティ、モーガン、ポルシェ、フェラーリなどザッと思いつくままに並べても次々と社名が浮かんでくる。しかもその社名の多くが創業者の名前をとったものが多いことに気がつく。彼らは自ら会社を興し、造った車でレースやラリーに出場し、多くの人に認めてもらい、販売に結びつけ会社を大きくしたのだ。もちろんいまでも、モータースポーツに参加し、名声を得ている自動車メーカーも多い。


アストン・マーティンも20世紀初頭に創業しているが、その名を世間に広めたのはモータースポーツへの参戦だった。1913年、英国ロンドンでライオネル・マーティンとロバート・バンフォードという若者が小さなワークショップを開設。既存の自動車をベースに競技用に仕立て、ライオネル自身がハンドルを握り、競技に参加していた。彼らが選んだのはヒルクライムという峠道を1台ずつ走り、その速さを計測する競技だった。そこで頭角を表し、彼の乗る車と同じものを制作することで自動車メーカーとしての第一歩を踏み出した。アストン・マーティンという車名は、彼が優秀な成績を収めたのがアストン・クリントンのヒルクライムレースだったことから、アストン・マーティンの名が生まれたという。

アストン・マーティンの車は、やがてサーキットレース、なかでも長時間走行する耐久レースで優秀な成績を挙げはじめるが、経営は苦しく、マーティンは経営から退く。その後、経営母体は転々とするが、一時期を除き、モータースポーツ参加への情熱は衰えなかった。第2次世界大戦後、復興したアストン・マーティンはDBシリーズという高級スポーツカー路線を立ち上げ、成功した。このとき、高級スポーツカーをベースに、レースにも参加できるようなスポーツカーシリーズを登場させた。それがSシリーズだった。最初はレーシングカーに用いたSシリーズはやがて市販スポーツカーの最強モデルに付けられるようになった。


はじめてアストン・マーティンがSモデルを発表したのは1950年代に生産されたDB3というレーシングカーをベースに、さらに高性能に改良し、DB3Sと名付けた。この車以降、Sと名付けられた車種は限られている。60年代にDBSというモデルはあったが、車種名にSが付いたのは2000年代まで待たなければならなかった。2004年にヴァンキッシュSが公開され、その後2011年と13年にヴァンテージにSが加わっただけだった。

1947年にアストンマーティン社(車ではない!)を購入したデイヴィッド・ブラウン卿の指揮のもとに作られたスポーツカーがDBシリーズ。DB1にはじまり、最新モデルのDB12まであるが、唯一、レース用だったのが、DB3とDB3Sだった。そして、SシリーズはこのDB3Sが最初のモデルでもあった。



アストン・マーティンのSモデルは、ベースモデルのチューニングカーとはいうが、確かにチューニングレベルは高いが、乗りにくさはないのが特徴といえる。
2004年のヴァンキッシュSのときも520psのパワーアップエンジンは新設計のパドルシフトでの操作が向上していたことを覚えている。今回のヴァンテージSも、周囲の人が振りかえるような紫色の車だったが、680psにチューニングされたツインターボエンジンはDレンジの7速1100回転というアイドリングみたいな回転数で街中を走ることができたし、大幅に手が加えられた足回りも21インチホイールに35タイヤ(前)、30タイヤ(後)を履いていたが、路面がゼブラ舗装でも乗り心地はしなやかだった。すごく乗り易い車に仕上げられているのだ。







もちろん、その気になれば、Dレンジでも0→100km/h全開加速ではV8、4.0Lツインターボは6500回転まで豪快なエキゾースト音と共に、4秒台で走り切り、パドルシフトを駆使すれば、1930年代の初代Sのように、レースでも使える実力は秘めているはず。



近年、フォーミュラ1レースやスポーツカー耐久選手権に戻ってきたアストン・マーティンの放つ久々のSグレードのモデルは、ラグジュアリースポーツカーの新ジャンルを確立したといってよいだろう。
アストンマーティン/ヴァンテージS クーペ
| 全長×全幅×全高 | 4495×1980×1275mm |
| ホイールベース | 2705mm |
| 車両重量 | 1745kg(EU装備) |
| エンジン | V型8気筒4.0Lガソリンターボ |
| 最高出力 | 680ps/6000rpm |
| 最大トルク | 800Nm/3000~6000rpm |
| 駆動形式 | 後輪駆動 |
| 燃料消費率 | 8.3km/L |
| 使用燃料/容量 | 無鉛プレミアムガソリン/ 73 L |
| ミッション形式 | 8速自動 |
| サスペンション形式 | 前:ダブルウィッシュボーン 後:マルチリンク |
| ブレーキ形式 | 前:ベンチレーテッドディスク 後:ディスク |
| 乗員定員 | 2名 |
| 車両価格(税別) | 2760万円~ |
| 問い合わせ先 | TEL:03-5797-7281 |

文/石川真禧照(自動車生活探険家)
20代で自動車評論の世界に入り、年間200台以上の自動車に試乗すること半世紀。日常生活と自動車との関わりを考えた評価、評論を得意とする。
撮影/萩原文博





