文/印南敦史

写真提供/茶道宗和流

幼少期から、お茶の世界には近づきがたいものを感じていた。

無理もない話で、「ルールがあって厳しい」「子どもには理解できない」など、あたかも近寄ってはいけない領域であるかのような、いま思えば非常に偏見に満ちた話ばかりを聞かされてきたからだ。

だから、お茶を習っていた妻がたてたお茶をおいしく感じながらも、「味について偉そうに語っていいのだろうか?」などと考えすぎてしまったり、茶器を見て「美しいな」と感じても、「いやいや、知識のない自分には語る資格などありませんから」と消極的になっていたりしたのだった。

だが、『なんとなくわかる茶の湯』(宇田川宗光 著、小学館)を読んでみたら、そうしたモヤモヤが一気に晴れた。大げさな表現ではなく、本当に晴れた。

そもそも、タイトルの「なんとなくわかる」という部分、そして「楽しそうな茶会の話を集めてみた」というサブタイトルがいい。最初は「えっ、そんなに軽くていいの?」と驚かされたが、偏見を詰め込まれて育った私にとって、「なんとなく」にはとても強力な説得力があったのだ。

純粋に、「茶の湯って、楽しいものなんだな」「それくらい、軽い気持ちでいてもいいんだな」と実感できたからである。

祖母の影響で茶の湯を楽しむようになったという著者は、茶道宗和流十八代……などと聞くと、いかにもすごい人のようにも思える。だが思春期にはお茶から離れ、高校時代は「マッドサイエンティスト」に憧れて手品に夢中になったのだという。そのころに「サプライズで人を驚かせる楽しさ」を知ったそうだが、こうした道のりこそが“サプライズ”そのものである。

しかし大学入学後には宗和流を学び始め、ふたたび茶の湯の世界へ。やがて周囲のサポートを得ながら茶事を催すようになったのだ。

大勢のお客様を招いて手前を披露し、菓子とお茶を振る舞う“茶会”(大寄せ茶会)しか知らなかった私にとって、少人数のお客様を招き、炭をくべて湯を沸かし、懐石料理と酒を振る舞い、濃茶、薄茶まで親密な空間で過ごす“茶事”は、とても楽しいものでした。(本書「はじめに 茶事の深みにハマる楽しみ」より)

もう、この時点で私が抱いてきたイメージとはまったく違う。早い話が、刷り込まれてきた偏見とは正反対の、とても楽しそうな世界だ。堅苦しいイメージに反し、本来の茶会はお茶を通じてコミュニケーションを楽しむものとして催されていたようなのである。

パーティの余興として盛りあがったり、
お茶をいただいた後も深夜まで酒盛りが続いたり。
そこにはルールにこだわらない
フリーダムな茶人の姿がありました。
(本書22ページより)

お茶を飲みつつ、「イエー!」とDJプレイに盛り上がるクラブの光景を思い出させたりもする。というのは極端かもしれないが、茶会を現代の遊びに置き換えると、さまざまな実像が浮かび上がってくることは間違いないようだ。

たとえば室町時代、公家の勢力が衰えるなかでイケイケ状態にあった武士たちは茶会で大いに盛りあがったらしい。囲碁や双六などのゲーム大会と同じように、抹茶の味を当てる「闘茶」というゲームをして楽しんでいたというのである。

中国から日本に伝わった抹茶は、鎌倉時代には薬の一種と思われていましたが、室町時代には皆がその味と香りの虜となり、カッコよく楽しむための「嗜好品」となっていました。「嗜好品」となると、ワインのテイスティング同様、茶の味や香りの違いをしっかり味わう“違いのわかる男”がカッコいい文化人。誰がイチバン“違いのわかる男”か、勝負したくなってきます。(本書22ページより)

闘茶は現代でいえば日本酒の利き酒に似ている気もするが、当てるのは茶葉の産地。ただしブランド名を答えるのではなく、京都・栂尾(とがのお)でつくられた一級品の「本茶」か、それ以外の「非茶」かを当てるという、シンプルかつマニアックなルールであったのだという。

どこか知的でもあるが、とはいえ十服、百服と立て続けに飲んで勝負するというのだから、なかなかワイルドな世界ではある。厠(かわや)はさぞ混雑したことだろう。

というエピソードからも想像できるように、私たちが知る現代の「茶会」とはまったく異なる世界だ。ともあれお茶は、エンタテインメントに欠かせないアイテムだったようなのである。お茶をメインにゲームをし、酒を飲み、趣味を語らっていたというのだから。

つまり、そういった「お茶のために集まる会」の始まりが、当時の風流人、戦国時代のバサラ大名による闘茶の会だったのだろう。

なお、お断りしておくと、この話は本書のほんの一部にすぎない。「新茶にファンが集まる光景は、iPhoneの発売行列に近い」とか、「こだわりをトコトン極める茶湯は“元祖オタク文化”」だとか、「うけるー!」と思わずにいられないトピックス満載。視点と解釈はどれも斬新かつ説得力に満ちているため、読んでいてまったく飽きがこない。

加えてコラムでは茶事の「基本」もわかりやすく解説されているので、私と同じような「茶道コンプレックス」を抱えている方も無理なく疑問を解消できることだろう。

「茶の湯について知りたいけれど、入り口が見つからない」と二の足を踏んできた方々にとっては、まさにうってつけ。お世辞でも忖度でもなく、自信を持っておすすめできる一冊だ。

ただし読んでいると、間違いなくお茶を飲みたくなる。それどころか、お茶を学んでみたくなるかもしれない。

『なんとなくわかる茶の湯』
宇田川宗光 著
1980円
小学館

文/印南敦史 作家、書評家、編集者。株式会社アンビエンス代表取締役。1962年東京生まれ。音楽雑誌の編集長を経て独立。複数のウェブ媒体で書評欄を担当。著書に『遅読家のための読書術』(ダイヤモンド社)、『プロ書評家が教える 伝わる文章を書く技術』(KADOKAWA)、『世界一やさしい読書習慣定着メソッド』(大和書房)、『人と会っても疲れない コミュ障のための聴き方・話し方』『読んでも読んでも忘れてしまう人のための読書術』(星海社新書)、『書評の仕事』(ワニブックスPLUS新書)などがある。新刊は『「書くのが苦手」な人のための文章術』(PHP研究所)。2020年6月、「日本一ネット」から「書評執筆数日本一」と認定される。

 

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