いまの社会は、便利になった一方で、息苦しさを感じる場面も増えました。大きな理由のひとつは、「常識」の変化が速いこと。以前は通用していた言い回しや振る舞いが、今は通じない…そんなことが珍しくありません。仕事でも人づきあいでも、「正解」が見えにくい時代です。
ただ、私たちが大きな変化だと感じていることも、百年単位で見れば繰り返しの一部かもしれません。だからこそ、長い時間を生き抜いてきた先人の言葉は、いまなお効きます。時代が変わっても揺らぎにくい「芯」を、今日の一文から受け取ってみませんか?
今回の座右の銘にしたい言葉は「剛毅木訥」(ごうきぼくとつ) です。

「剛毅木訥」の意味
「剛毅木訥」について、『日本国語大辞典』(小学館)では、「意志が強くしっかりしていて、飾り気がないこと。また、そのさま」とあります。この言葉は、二つの部分から成り立っています。「剛毅」は、意志が堅く強く、何事にも屈しないこと。「木訥」は、飾り気がなく、言葉数が少ないこと、ありのままであることを指します。
現代社会では、コミュニケーション能力が高く、雄弁に自己アピールできる人が評価されがちです。しかし、本当に信頼できる人というのは、口が達者な人ばかりではありません。むしろ、不器用であっても芯がブレず、行動で示す人のほうが、いざという時に頼りになるものです。
「剛毅木訥」は、決して「無愛想で頑固」という意味ではありません。「内面の強さを持ちながら、それをひけらかすことなく、自然体でいることの美しさ」を表す、非常に奥深い言葉なのです。これまで仕事や家庭で、黙々と責任を果たしてきた方の生き方を、そのまま肯定してくれるような温かさを持っています。

「剛毅木訥」の由来
この言葉の由来は、中国古典の『論語』にあります。よく知られる一節に、「剛毅木訥、仁に近し」という言葉があります。これは、孔子の教えとして伝わるもので、一般には「意志が強く、飾り気がなく、口数が少ない人は、仁に近い」という意味で理解されます。
ここでいう「仁」とは、単なるやさしさではありません。人を思いやる心、思慮深さ、人格の成熟といった、儒教において非常に大切な徳目です。つまり孔子は、雄弁であることや見栄えのよさよりも、実直で芯のある人柄を高く評価したのです。
「剛毅木訥」を座右の銘としてスピーチするなら
座右の銘を披露する際は、ただ四字熟語を言うだけでは、言葉が宙に浮いてしまいます。「なぜ自分はこの言葉を大切にしているのか」という、自分の体験や思いをひと言添えることで、言葉は初めて「生きた言葉」になります。
以下に「剛毅木訥」を取り入れたスピーチの例をご紹介します。
定年退職時のスピーチ例
長年勤め上げたこの会社を定年退職するにあたり、今の私の心境にぴったりと重なる言葉があります。それは「剛毅木訥」という四字熟語です。
孔子の論語にある言葉で、意志が強く、飾り気がなく、口数が少ないという意味を持ちます。振り返ってみますと、私は決して雄弁なタイプではなく、気の利いた言葉で周囲を盛り上げるような器用さも持ち合わせておりませんでした。会議でも口火を切るよりは、黙々と目の前の実務をこなす日々でした。自分の口下手を不甲斐なく思ったことも、一度や二度ではありません。
しかし、孔子は「剛毅木訥、仁に近し」、つまり、飾り気がなく不器用な姿こそが、人間の最高の徳である思いやりに近いと説いています。私はこの言葉を知った時、不器用ながらも実直に仕事と向き合ってきた自分の人生を、そっと肯定してもらえたような気がしました。今日、こうして無事に節目を迎えられたのは、口下手な私を信じ、支えてくださった皆様のおかげに他なりません。
これからの第二の人生、何か自分を大きく見せようと飾るのではなく、この「剛毅木訥」という言葉を座右の銘として胸に刻み、自分らしく、自然体で、そして芯を強く持って歩んでいきたいと思っております。
最後に
「剛毅木訥」は、人生の酸いも甘いも噛み分けてきた大人だからこそ、その真の価値がわかる言葉です。若い頃は、もっと自分を上手く表現できたらと悩んだこともあるかもしれません。しかし、年齢を重ねた今、これまでの実直な歩みそのものが、あなたの最大の魅力なのです。「剛毅木訥」を座右の銘にすることは、見栄ではなく中身を、饒舌さではなく誠実さを大切にする生き方の宣言になるでしょう。
●執筆/武田さゆり

国家資格キャリアコンサルタント。中学高校国語科教諭、学校図書館司書教諭。現役教員の傍ら、子どもたちが自分らしく生きるためのキャリア教育推進活動を行う。趣味はテニスと読書。
●構成/京都メディアライン・https://kyotomedialine.com











