
文・絵/牧野良幸
大河ドラマ『べらぼう』もいよいよ完結が近づいてきた。蔦屋重三郎の生涯をどう描き終えるのか気になるところだが、もうひとつ気になるのが東洲斎写楽ではないだろうか。
日本人ならほとんどの人が写楽の絵を知っているだろう。ドングリのような目玉、への字の口、パッと開いた両手など、ピカソの絵と同じで専門的な知識がなくとも、また絵に興味がない人でも一度見たら忘れられない絵だ。
写楽の絵を初めて見たのは小学生の時だった。趣味にしていた記念切手の絵柄で初めて見た。それは「切手趣味週間シリーズ」の記念切手で「市川鰕蔵の竹村定之進」が使われていた。漫画みたいなデフォルメ感があって、すぐに好きになった。
大人になると写楽がどんな人物だったのか、というところにも興味を持った。写楽はわずか10か月あまりの活動期間のあと、忽然と姿を消してしまうのだ。どうしても映画やドラマでは想像力を膨らませて描くことになる。見る側としてはそこが興味深いところである。
そこで今回は写楽を描いた映画を取り上げてみたい。1995年に公開された『写楽』という映画だ。監督は今年3月に惜しまれつつ亡くなった篠田正浩氏である(第102回『心中天網島』 https://serai.jp/hobby/1229665)。
写楽を演じているのは真田広之。アクション俳優でもある真田広之が演じるだけあって立ち回りはキレる。そのせいでこの男は「とんぼ」と呼ばれることになる。実際に真田広之はとんぼ返り(宙返り)を劇中の舞台で披露する。
その「とんぼ」が舞台で怪我をし、役者を続けられなくなったのが、写楽への道の始まりだ。舞台に立てなくなった「とんぼ」は、大道芸人の仲間となってその日暮らしとなる。それでも歌舞伎が好きなのか、歌舞伎小屋に出入りして書き割りを描いていた。
もちろん「とんぼ」が、いきなり江戸中を沸かせる浮世絵師になるわけではない。仕掛け人が必要だ。蔦屋重三郎である。
蔦屋重三郎はフランキー堺が演じている。年配の方にはコメディ俳優として懐かしいフランキー堺だが、この映画では人生経験を積んだ渋みのある蔦重を演じている。フランキー堺は写楽の研究家でもあったらしく、この映画の企画総指揮も担っている。
時は寛政の改革の世の中。蔦重と山東京伝(河原崎長一郎)は、お上の逆鱗に触れ処罰を受ける。さらに喜多川歌麿(佐野史郎)が蔦重のもとを去る事件も重なる。このあたり大河ドラマでも放送されていたとおり。
それでも立ち上がった蔦重は、役者絵を新たな絵師に描かせて再起を図る。最初は鉄蔵(のちの葛飾北斎・永澤俊矢)に描かせるが、まだ鉄蔵の才能は開花していなかった。そんな時に蔦重が出会ったのが「とんぼ」の絵だった。
蔦重は「とんぼ」に役者絵を描くように頼む。しかし「とんぼ」は乗り気になれない。
「俺は根っからの絵師じゃねえ」
「いや、おめえさんの絵には何かがある、ごたく並べてねえで、ぶつかってこい!」
業を煮やした蔦重がどなると、「とんぼ」も言い返す。
「しゃらくせえ!」
その言葉を聞くや、蔦重は「とんぼ」の画号を思いついた。さっそく紙に書く。
「これが、おめえさんの画号よ」
「東洲斎……写楽」
写楽の絵は江戸中の評判になった。庶民が使う団扇にまで、写楽の絵が使われるほどだ。花火の夜、蔦重たちは祝杯をあげるが、その手にも写楽の絵が描かれた団扇。屋根の上で寝そべって花火を見上げる「とんぼ」は、自分の絵が認められた喜びを静かに味わっているように思えれば、世間の反響に興味がないようにも思える。おそらく両方だろう。
しかし「とんぼ」の運命は、早くも転がり落ちようとしていた。
蔦重が大首絵の次に出す新たなシリーズを描かせようとする。今度は役者の全身を描いた絵だ。
「俺には描けねえ、俺のどこにそんな腕があるんだ!?」
と動揺する「とんぼ」。しかし蔦重は「とんぼ」が描けない部分を、他の絵師に描かせて出版したのだった。
この一件が「とんぼ」を追い詰めたのかもしれない。しかし映画はそれで写楽が忽然と消えたことにはしない。映画はドキュメンタリーとは違うから、物語として見せなくてはいけない。脚色がどうしても必要だ。ここまで書かなかったが、この映画では重要な女性を二人登場させている。
ひとりは足に怪我をした「とんぼ」を、大道芸人の仲間に入れる女ボスのおかん(岩下志麻)。「とんぼ」という呼び名もおかんが付けたものである。
もうひとりが、「とんぼ」が恋する吉原の花魁、花里(葉月里緒菜)。その花里を「とんぼ」が吉原から逃亡させようとして失敗することが、「とんぼ」の絵師としての終わりに繋がる設定だ。
写楽がどんな人物だったのか。有力候補はあるものの、今のところ正体はわからない。映画やドラマでは、いろいろな視点による写楽があっていいと思う。
真田広之の演じた「とんぼ」は、運動神経のにぶい僕にはまことに羨ましい写楽だった。写楽の絵は役者の「真」に迫った描写が特徴だ。「とんぼ」の境遇なら、あのデフォルメされた表現もすんなりと重なる。
なお蔦屋重三郎に関係のある絵師として、葛飾北斎を題材にした映画『HOKUSAI』も連載で取り上げているので、合わせてご覧いただけたらと思う(第99回『HOKUSAI』 https://serai.jp/hobby/1218641)。そこに登場する写楽もまた異なる写楽像である。
【今日の面白すぎる日本映画・特別編】
『写楽』
1995年
上映時間:138分
監督:篠田正浩
脚本:皆川博子
原案:フランキー堺
出演者:真田広之、フランキー堺、岩下志麻、葉月里緒菜、佐野史郎、片岡鶴太郎、永澤俊矢、ほか
音楽:武満徹
文・絵/牧野良幸
1958年 愛知県岡崎市生まれ。イラストレーター、版画家。音楽や映画のイラストエッセイも手がける。著書に『僕の音盤青春記』 『少年マッキー 僕の昭和少年記 1958-1970』、『オーディオ小僧のアナログ放浪記』などがある。
ホームページ https://mackie.jp/

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