
人生も五十路の坂にさしかかる頃になりますと、それまでの人生を振り返る機会も多くなるものです。そんな時、己の半生を言い表す言葉を探してみるのも一興ではないでしょうか? もしかすると、先人が残した言葉や名言の中に「言い得て妙」と思えるような言葉を見つけられるかもしれません。そして、その言葉からは、己が何を信条として生きてきたのかも見えてくるのではないでしょうか?
名前さえ知らなかった人物が残した言葉。その言葉が、自分が歩んだ人生と重なる「奇遇」を体験できるかも? さて、今回の座右の銘にしたい言葉は「自利利他(じりりた)」 です。
「自利利他」の意味
「自利利他」について、『⼩学館デジタル⼤辞泉』では、「自らの悟りのために修行し努力することと、他の人の救済のために尽くすこと」とあります。
まず、「自利利他」という言葉を分解してみましょう。
自利(じり):自分自身の利益、自分の幸せ、自分が悟りを得ること。
利他(りた):他者の利益、他者の幸せ、他者を救済すること。
この二つを合わせた「自利利他」とは、「他者を利することが、そのまま自分自身の利益となる」という意味の仏教語です。
「他人のために」と聞くと、自己犠牲や滅私奉公といった、少しストイックなイメージを抱かれるかもしれません。しかし、「自利利他」の本質はそこにありません。
大切なのは、「自利」と「利他」が分断されたものではなく、一体であり、円のように繋がっているという点です。つまり、「相手の喜びが、私の喜びになる」「誰かの助けになったという事実が、自分の心を温かく満たしてくれる」という、ごく自然な心の動きそのものを指しているのです。
「自利利他」の由来
「自利利他」は、大乗仏教の基本的な教えの一つです。大乗仏教では、自分自身の悟り(自利)を求めるだけでなく、すべての人々を苦しみから救うこと(利他)を実践する「菩薩(ぼさつ)」の生き方が理想とされています。
『大無量寿経』にも、その精神が説かれています。そこでは、粗い言葉や悪口を避け、善い言葉を使って自分と他人の幸せを同時に目指すことが重要とされました。また、龍樹菩薩は、「他者を利することはすなわち自らを利すること」と説き、利他精神は自己利益と一体であることを明言しています。
つまり、誰かのために良かれと思って行った行動が、結果的に自分の徳を積み、人間性を深め、精神的な豊かさ(自利)につながっていく。仏教が2500年以上もの時を超えて人々の心の拠り所であり続けるのは、こうした普遍的な人間性の真理を突いているからに他なりません。

「自利利他」を座右の銘としてスピーチするなら
「自利利他」を座右の銘として人前で話す際には、単に言葉の意味を述べるだけでなく、自分の経験や感じたことを織り交ぜることが大切です。以下に「自利利他」を取り入れたスピーチの例をあげます。
人生後半戦を豊かに過ごすスピーチ例
私の座右の銘は「自利利他」という言葉です。これは仏教の教えに由来する言葉で、自分の幸せと他人の幸せを同時に大切にするという意味があります。
長い人生を歩んできて痛感するのは、本当の幸せというものは、自分一人では決して得られないということです。家族や友人、地域の人々との温かいつながりがあってこそ、心から満足できる日々を送ることができるのだと実感しています。
若い頃は、どうしても自分のことで精一杯でした。仕事で成果を上げること、家族を養うこと、それらに夢中で過ごしてきました。しかし、歳を重ねるにつれて気づいたのは、自分だけが良ければそれで良いという考え方では、真の充実感は得られないということでした。
例えば、地域のボランティア活動に参加するようになってから、多くの素晴らしい出会いがありました。お手伝いをする中で、逆に私自身が元気をもらい、新しい学びや発見がありました。これこそが自利利他の実践だと思います。
他者のために何かをする時、それは決して一方的な奉仕ではありません。相手が喜んでくれることで、自分も心が温かくなり、生きがいを感じることができます。孫たちとの時間も同じです。彼らの成長を見守り、支えることで、私自身も豊かな気持ちになれるのです。
これからの人生においても、この「自利利他」の精神を大切にしていきたいと思います。自分らしさを失うことなく、周りの人々との調和を保ちながら、共に歩んでいく。そんな生き方こそが、人生の後半戦を豊かに過ごす秘訣だと信じています。
最後に
この言葉は、決して特別な人だけのものではありません。家族を想う心、友人の成功を喜ぶ心、地域のために一肌脱ごうという心。私たちの日常にある、ささやかで、しかし確かな温かい心の働きそのものです。
人生の豊富な経験を持つシニア世代だからこそ、この「自利利他」の真の意味を理解し、実践することができるのです。自分を大切にしながら、同時に他者への思いやりを忘れない。そんな生き方を心がけることで、きっとさらに充実した日々を送ることができるはずです。
●執筆/武田さゆり

国家資格キャリアコンサルタント。中学高校国語科教諭、学校図書館司書教諭。現役教員の傍ら、子どもたちが自分らしく生きるためのキャリア教育推進活動を行う。趣味はテニスと読書。
●構成/京都メディアライン・https://kyotomedialine.com
