奈良の魅力のひとつに“自然”がある。峰が垣根のように連なり「青垣」と呼ばれる山々。里山の田畑に溶け込む古墳群。古代より聖域として守られてきた原始林……。

「奈良をひと言で表現するなら“偉大なる田舎”。歴史的文化遺産と共存するように町中に原生林があり裏山ですら隅々に歴史を感じます。歩いていて楽しいですよ」

そういうのはアウトドア用品メーカー・モンベル会長の辰野勇さん。生まれ育った大阪から奈良へ移住し、今年で27年になる。

「奈良は歴史深い土地。山道も宗教的な側面が強く、一木一草に神が宿るという八百万の神のような自然観が根付いています。そんな自然と古い文化を守り育ててきた土地柄が魅力です。人と人、人と自然との距離感がほどよく、僕のライフスタイルに合った場所だと思ったのです」
 
そんな辰野さんと古に思いを馳せながら「山辺(やまのべ)の道」を歩いた。

古代大和路を歩く

「山辺の道」は、『古事記』や『日本書紀』に記された日本現存最古の道として知られる。奈良市の平城山(ならやま)から天理市を経て桜井市まで、奈良盆地の山裾を縫うように約35㎞続く古代大和の道だ。

ハイキングコースには、天理駅から石上神宮、さらに桜井方面へ歩く南ルート。石上神宮から奈良方面に行く北ルートがある。今回はトイレや休息所、食事処が多く初心者にも優しい南ルートを歩く。

10:00 天理駅/モンベル天理店

案内人 辰野勇さん(モンベル会長・77歳)
大阪府生まれ。21歳でスイス・アイガー北壁を世界最年少記録で登攀。昭和50年にアウトドア用品メーカー・モンベルを創業。同社は野外教育や被災地支援などにも取り組んでいる。
モンベル天理店
天理市川原城町803 電話:0743・84・4967 営業時間:10時~19時 無休

11:10 石上神宮

石上(いそのかみ)神宮は、古代豪族物部氏の総氏神。国宝「七支刀」など文化遺産を多数所蔵。写真は神宮の楼門(重要文化財)。
石上神
天理市布留町384
電話:0743・62・0900
参拝時間:5時30分頃~17時30分頃(季節によって変更あり) 無休

まずは天理駅前にあるアウトドア用品店『モンベル』に立ち寄り、コースや装備について情報を収集。

「歩きの装備で重要なのが靴です。自分の足に合ったトレッキング向きのものをご用意ください。ウェアは長袖長ズボン。ほかに、防寒着、レインウェアか携行用の雨傘、ライト、行動食(軽食)、水も携帯しましょう」(辰野さん)

天理駅から東に歩いて約40分、道中の曲がり角ごとにある道標に沿って行くと、日本最古の神社のひとつとして知られる石上神宮の参道に出る。境内に入ると、放し飼いにされた神使いの鶏「長鳴鶏」が出迎えてくれた。

暁に時を告げる鳥として神聖視され、神の使いとされている鶏「長鳴鶏(ながなきどり・東天紅)」。鶏は『古事記』『日本書紀』にも登場する。

深い杉林に囲まれた神宮周辺の自然はどこか厳かだ。その光景を過去多くの万葉歌人や俳人たちが詩や句に認(したた)めている。辰野さんもここで一句。

〈山の辺の 石上に 鳴く鶏や〉

『万葉集』ゆかりの地でもある石上神宮の境内でおもむろに句を認める辰野さん。
句にある「石上」は、『万葉集』にもある言葉で、石上神宮周辺から西の広い地域をさすという。

13:00 天理市トレイルセンター/洋食Katsui

天理市トレイルセンター内にあるレストラン『洋食Katsui』の昼食メニュー「エビフライ定食」は1800円。南ルートの中間地点にあり、途中で昼食をとるのに便利だ。トレイルセンターでは地図など旅情報を収集できる。
天理市トレイルセンター
天理市柳本町577-1
電話:0743・67・3810
開館時間:8時30分~17時 休館日:第1月曜
洋食Katsui
電話:0743・67・3838
営業時間:朝食8時30分~10時(火曜~日曜) 昼食・カフェ11時~16時 夕食17時~21時(最終注文20時30分。夕食は木曜、金曜、土・日・祝日のみ)
定休日:第1月曜

山辺の道が最初に整備されたのは、古墳時代初期の4世紀と考えられている。天皇の陵墓や神聖な場所をつなぐ道として通された。1000年以上も昔の道だが、今も所々に当時のままの姿を残している。道沿いには古墳や神社仏閣、石仏などが点在し、古代への想像をかきたてられて楽しい。

果樹畑、古い家並み、田んぼの畦道……大和路の懐かしい景色を堪能しながら歩いた。力強い足取りで歩く辰野さんは、生き物や気にいった草花を発見するとぴたりと足を止め、しばし写真撮影。

「若い頃は、“自分の力を試したい”という気持ちが強く、世界や国内の高度な登山技術が求められるような険しい山にばかり登っていました。ですが、年齢を重ねた今は足元の小さな虫や草花を愛でたり、自然の中で野点を楽しんだり、ゆっくりと時間をかけて自然と親しむようになりましたね」と辰野さんはいう。

14:40 檜原神社

檜原神社の境内で野点を楽しむ辰野さん。
檜原神社
桜井市大字三輪字檜原
電話:0744・42・6633(大神神社)
参拝時間:9時〜17時(※12月〜2月は16時30分まで。) 無休 拝観自由 
使っているのは辰野さんが考案した携帯用「野点セット」(1万1880円)。

高台にある檜原神社に立ち寄った。辰野さんは、境内の景色をひと通り眺めると、ベンチに腰掛け、さっそくザックから携帯用の茶道具を取り出しお茶をたて始めた。長年、茶道に親しんできた辰野さんだけに、野点といえどもお点前は本格的だ。

「こういうゆったりと自然と向き合う時間ほど贅沢なものはないと感じます」と目を細めながらお茶を一服口に運んだ。

檜原神社から大神神社まで、杉林に囲まれた山道を歩く。途中、「山辺の道」の石塔前でひと休み。

心が解き放たれる山の信仰

檜原神社から大神(おおみわ)神社へ続く幅の狭い山道を歩く。自然が色濃く残る山辺の道の人気スポットである。道は大神神社の境内へと続き、そこには檜皮葺きの屋根を設けた切妻造りの拝殿が厳かに佇んでいた。

15:30 大神神社

大神神社の拝殿で、御神体の三輪山を拝む。
大神神社
桜井市三輪1422
電話:0744・42・6633
参拝時間:9時~17時(※12月〜2月は16時30分まで。) 無休 拝観自由
国道169号沿いにある高さ約32mの「大鳥居」と神の山「三輪山」。写真/牧野貞之

大神神社は三輪明神ともいい後方に聳える三輪山を御神体としている。そのためここには本殿がない。拝殿奥の三ツ鳥居を通して三輪山を拝するという古代の信仰形態を今に伝えている。辰野さんはいう。

「日本は歴史的に山を“神の山”として崇めたり、修行の形で精神的なものを鍛えるなど、山信仰が根付いてきました。山で鍛え、山に感謝し拝む。それは僕ら登山をやる人間にも通じるところがあります。自然を感じたとき雑念がオフになり、心が解き放たれます。山辺の道を歩くと、人間も自然の中のひとつの生き物なのだということを改めて感じるはずです」

立ち寄り処|三輪山本

コース外となるが今回は、国道沿いにある享保2年(1717)創業の『三輪山本』に立ち寄ってそうめんを賞味した。手延べ麺を熟成しコシの強さと口当たりのよさが身上。販売所のほか食事処もあり、冷やしそうめん、温かいにゅうめんなどを食べられる。写真は約0.6mmの極細麺「白龍」を使用した「冷やしそうめん」880円。

桜井市箸中880
電話:0744・43・6662
営業時間:本店/10時~17時(4月~8月)~16時30分(9月~翌年3月)
食事処/11時~最終注文15時 定休日:不定

取材・文/松浦裕子 撮影/奥田高文

※この記事は『サライ』本誌2024年11月号より転載しました。

『サライ』2024年11月号は特別付録「『ザ・スコッチハウス』スケジュール手帳」付き。

 

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