取材・文/沢木文
親は「普通に育てたつもりなのに」と考えていても、子どもは「親のせいで不幸になった」ととらえる親子が増えている。本連載では、ロストジェネレーション世代(1970代~80年代前半生まれ)のロスジェネの子どもがいる親、もしくは当事者に話を伺い、 “8050問題” へつながる家族の貧困と親子問題の根幹を探っていく。
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北陸地方に住む健司さん(仮名・65歳)は、実家に帰ってきて10年になる息子(40歳)の行く末を案じている。
【その1はこちら】
1年経っても息子は働かなかった
息子を東京から地元に呼び戻したのは、息子が30歳、健司さんは55歳の時だった。
「息子の5歳上に娘がいるんだけれど、この子は調子がいい子で、私たちに出資させて、婿と一緒に飲食店のチェーンを経営している。コロナでも影響がなかったというからやり手だよね。私が経営する会社は、肉体労働が中心で特殊な技能が必要だから息子にはムリ。そこで療養から1年経ってから、リハビリを兼ねて娘の店へ働きに出したら、1日でクビになって帰ってきた」
息子は機転が利かない。指示通りに正確に的確に作業をすることはできるけれど、少ない人数で店を回す飲食店は、臨機応変な対応を求められる。
「あまりにもボーッとしているから、客にクレームを言われたらしい。そしたら、文字通りフリーズしてしまった。30男が顔面蒼白でボーッと立っていたら商売にならないからね。厨房はもっとムリで、コックさんにどやされる、どう動いていいかわからず、つっ立っていたら仕事にならないからね。面倒見がいい娘も“パパ、無理だよ”とさじを投げた」
息子は仕事がクビになるとホッとした表情をして、療養に集中していった。
「よく眠って、起きているときは資格の勉強をしている。この10年間で、国家資格を含めて、いろんな資格試験に合格したけれど、人と一緒に働けないし、営業にも行けないから、宝の持ち腐れ」
息子にとって、両親、姉夫婦、甥っ子と姪っ子が人間関係の全てだった。
「私たちが一緒じゃないと、外に出ない。友達にも会いたくないみたいで、夜8時くらいまでは、ほとんど家にいるね。ただ、妻や私が病院だ、役所だと用事があるときは、運転手役を快く買って出てくれる。私の会合や飲み会の送迎とかもやってくれて便利なんだけれど、そんな生活も10年だろう。これからのことが心配でたまらない」
【額に汗をして働き、家族と支え合っている息子の同級生がまぶしい。次ページに続きます】