大巧如拙筆「瓢鮎図」。「鮎」は本来ナマズを意味する漢字。室町時代、国宝、京都・退蔵院蔵

大巧如拙筆「瓢鮎図」。「鮎」は本来ナマズを意味する漢字。室町時代、国宝、京都・退蔵院蔵

文/田中昭三

いま東京国立博物館では、特別展「禅―心をかたちに―」が開催されている。日本の禅宗を代表する臨済宗(りんざいしゅう)・黄檗宗(おうばくしゅう)挙げての大型展覧会で、禅にまつわる多くの国宝・重文が一堂に会し、見応え十分である。

禅の修行のひとつに、師匠と弟子の間で交わされる問答がある。「公案」(こうあん)という。

例えば弟子が師匠に「中国禅の祖師・達磨がインドから中国に来て伝えようとした心は何ですか?」と問う。すると師匠は「それは庭さきの柏の木だ」と答える。しかし弟子には師匠の言葉の意味が分からない。弟子が理解できるまで、問答は何度も、時には1年以上にわたって繰り返される。

「庭前柏樹(ていぜんのはくじゅ)」という有名な公案であるが、公案の答えはひとつではない。その人間でなければ語れない答えを、師匠は期待しているのだ。

足利4代将軍義持(よしもち、1386~1428)は、歴代将軍のなかでもひときわ禅に関心が深かった。あるとき義持は「丸くすべすべした瓢箪でねばねばした鮎(なまず)を押さえることはできるか」という公案を思いついた。何ともとらえようのない問い、正に禅問答である。

答えを求められたのは、大徳寺や天龍寺などの禅僧31人。彼らは、その頃隆盛を極めていた五山文学の精鋭たちばかり。五山文学というのは漢文で表現する詩歌や日記をいい、きわめて高度な知識・学力が求められる。

義持はまた、絵師の如拙(じょせつ、生没年不詳)にこの公案を主題とした絵を描かせた。それが禅画の傑作とされる国宝「瓢鮎図(ひょうねんず)」である。

禅僧たちが答えた漢詩が絵の上段に書かれている。これを「賛」という。適当に並んでいるように見えるが、実はそれぞれが前の僧の言葉を受け、連句のように詠み継いでいる。しかも漢詩独特の韻(いん)を踏んでおり、これは肩肘張った禅問答というより高度な知的遊戯ともいえる。

■細部にこめられた絵師・如拙のメッセージ

さて、如拙の「瓢鮎図」の絵をじっくり見てみよう。

下段に小川が流れ、鯰が泳いでいる。左手の土手には竹が数本風に揺らいでいる。いずれも柔らかい曲線による表現で、のどかな里山を思わせる。

一方、瓢箪を手にした男は、手足が直線状に描かれ、まるで身体が硬直しているようだ。手に瓢箪を持ち、その先で泳ぐ鯰をグッと眼を凝らし睨みつけている。男の必死さは伝わってくるが、その姿は滑稽さに溢れている。

如拙は人物をそんな風に描くことで、「将軍さま、瓢箪で鯰は押さえられないでしょう」と暗に答えを投げかけているのだ。

「瓢鮎図」部分

「瓢鮎図」部分

中国には昔から「鯰が竹に上る」という諺(ことわざ)がある。不可能なこと、あるいは不可能なことが実現するという意味合いに使う。如拙はその諺も踏まえ、絵に竹を描きこんだ。「さて、誰か気づくかな」、如拙はそう思っていたに違いない。これも禅問答のひとつである。

しかしさすが五山の禅僧である。太白真玄(たいはくしんげん)という僧が「竹竿(ちくかん)、路滑(ろかつ)なり、なんぞ鮎魚(ねんぎょ)を得んや(竹はつるつる滑りやすい、どうして鯰がおさえられようか)」という賛を寄せた。「如拙さん、分かってますよ」というメッセージである。

将軍は如拙の絵をながめ、禅僧たちの賛を読み、「さすが、知識豊富な者たちよ」とご満悦だったに違いない。

【臨済禅師1150年・白隠禅師250年遠諱記念 特別展「禅―心をかたちに―」】
■会期/開催中 ~ 2016年11月27日(日)
※会期中、一部作品、および場面の展示替を行います。
■会場/東京国立博物館 平成館(上野公園)
■住所/東京都台東区上野公園13-9
■電話番号/03・5777・8600(ハローダイヤル)
■料金/一般1600円(1300円) 大学生1200円(900円) 高校生900円(600円) 中学生以下無料
*( )内は20名以上の団体料金
*障がい者とその介護者一名は無料です。入館の際に障がい者手帳などをご提示ください。
■開館時間/9時30分~17時(入館は閉館の30分前まで)
(ただし、会期中の金曜日および11月3日(木・祝)、5日(土)は20時まで開館)
■休館日/月曜日
■アクセス/JR上野駅公園口・鶯谷駅南口より徒歩約10分
東京メトロ銀座線・日比谷線上野駅、千代田線根津駅、京成電鉄京成上野駅より徒歩約15分

【関連リンク】
悟りの境地を証す禅の至宝がずらり!禅宗の思想と歴史を一気に味わえる「禅-心をかたちに-」展

取材・文/田中昭三
京都大学文学部卒。編集者を経てフリーに。日本の伝統文化の取材・執筆にあたる。『サライの「日本庭園完全ガイド』(小学館)、『入江泰吉と歩く大和路仏像巡礼』(ウエッジ)、『江戸東京の庭園散歩』(JTBパブリッシング)ほか。

 

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