文/一志治夫
土と米が健全であれば、綺麗な味の酒になる
佐々木要太郎さんのつくる「権化シリーズ」は、コンセプト、製造方法、味のどれをとっても、かつて日本に、いや世界になかった最先端の酒だと断言できる。
佐々木さんがどぶろくのファーストヴィンテージを発表したのは、いまから18年前の2004年のこと。もっとも、このときのどぶろくは、いまから振り返れば散々な代物で、味は洗練されておらず、ひどいものだった。
が、その後、研究を重ね、トライアルアンドエラーを繰り返し、味は次第に定まっていく。そして、ついには、「日本で一番旨い」と称されるぐらいのどぶろくになっていくのだ。
昨年秋には、独立した醸造所が完成し、より本格的に酒造りに入った。どぶろくのみならず、米を使った新しい酒にも挑み始めたのだ。佐々木さんの中に根強くあったのは、米づくりと同じく、現代の酒造りに対するアンチテーゼだった。
「現代の日本酒の多くは、米を原料にしながら、その米をひたすら磨くことで、より繊細で綺麗にし、味のバランスをとろうとしています。その傾向は、昭和からずっと続いている。そして、同時に、テロワールを謳い、その土地の味も強調してきました。米の個性を謳いながら、精米し、磨く。米の栄養分は、外皮つまり糠の部分に白米の40倍以上が凝縮されているのに、それをすべて取り除いた上、さらに白米を磨いていく。磨けば磨くほど価値があって、贅沢という時代がずっと続いてきたんです」
そんな風潮の背景にあるのは、やはり農薬と肥料の問題だ。土が化学肥料によって栄養過多になっていることで、雑味成分が多くなり、米を削らざるを得ないという側面があるのだ。米を磨くことで、捨てられる部分が多くなることも問題だ、と佐々木さんは言う。
佐々木さんは、極力米を捨てずに、かつ綺麗な酒をつくることに腐心する。極端に言えば、玄米から酒を造ることすら考え、挑戦してきたのだ。しかし、酒を造る上で米を溶かさなければならず、玄米ではうまくいかなかった。
そんな中で、佐々木さんは、突破口を見つける。
「ある日、糠床を入れ替える作業をしていたときに、ふっとアイディアがおりてきたんです。手で糠を混ぜていたとき、米と糠を分けて発酵させたらどうだろうと思いついたのです。これによって、米を残さず使い切り、ちゃんと発酵させられる。米100%の酒ができる、と思ったんです」
こうして佐々木さんが造った米100%の究極の酒は、ピート、マロ、モクシュラの3種からなる「権化シリーズ」と名付けられた。
「三種の酒は、いずれも、米糠、白米、麹、水だけで造っています。土と米が健全であれば、磨かなくても、糠を使っても、これだけ綺麗な味になる、という私からのメッセージです」
その工程は複雑で、100日を超える長期醪でとてつもなく手間のかかった酒だが、かつて味わったことのないような深みと、香ばしさをたたえた作品に仕上がった。
一般に発表されると、酒業界、飲食業界に衝撃が走った。三ツ星レストランからもすぐにまとまった注文が入った。
佐々木さんは、誰も踏み込んだことのない領域で、酒造りを続ける。その独自のスタイルを支えるのは、やはり、無農薬無肥料でつくられる健全な米があればこそ、ということになる。
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『遠野キュイジーヌ 土から考える「とおの屋 要」の米づくり、どぶろく醸造、発酵料理』(佐々木要太郎 著)
小学館