文/堀けいこ

新国立劇場オペラ、2022年最初の公演は『さまよえるオランダ人』。ドイツ・オペラの巨匠ワーグナーは、この作品をもって初めて独自のスタイルを打ち立てたと言われている。全3幕、聞きどころ見どころが満載のこの歌劇で、贔屓にしたくなる歌い手との出会いがあるかもしれない。

新国立劇場「さまよえるオランダ人」2015年公演より 撮影:寺司正彦

『さまよえるオランダ人』は、巨匠ワーグナーのオペラの原点とも言われる作品。オランダ人の船長が、神を罵った罰により永遠に海をさまよい続けるという幽霊船伝説をもとに、ワーグナーが28歳のときに書いた作品で、初演は1843年ドレスデンの宮廷歌劇場。呪われたオランダ人船長を乙女ゼンタが救うという物語で、本作以降、「愛による自己犠牲と救済」が、ワーグナー作品に共通するテーマとなっていく。つまり、ワーグナーの名作群への幕開けとなった傑作だ。

新国立劇場で上演されるオペラの演目の中でも人気の高い作品のひとつで、オーケストラによる有名な序曲や、オランダ人船長のモノローグ、乙女ゼンタが歌うバラードなど、聴きどころが満載。音楽とドラマが密接に結びついて展開していくため、観る者をどんどん引き込んでいく。そして、ミュンヘン生まれの多才な演出家マティアス・フォン・シュテークマンによるプロダクションは、明快で分かりやすいという定評がある。幽霊船の出現する場面ではスペクタクル性も楽しめ、ワーグナーのオペラは難解ではないかと敬遠される方にこそお勧めの舞台になっている。

新国立劇場「さまよえるオランダ人」2015年公演より 撮影:寺司正彦

これからのオペラ界を担う指揮者と歌手たちの存在をこの目で確かめる

今回、オーケストラ・ピットで指揮を執るのは、新国立劇場に初登場のガエタノ・デスピノーサ。1998年にヴァイオリニストとしてキャリアをスタートしているが、2008年以降は指揮者としての活動に専念。現在は国際舞台に活躍の場を拡げている、若手世代で最も注目されている指揮者のひとりだ。

歌手陣には、日本を代表するバス歌手の妻屋秀和、実力派の人気テノール鈴木准、抜群の存在感を放つメゾソプラノ山下牧子など、日本の第一線の歌手たちが勢揃い。加えて、オランダ人役に河野鉄平(バス)、ゼンタ役の田崎尚美(ソプラノ)など、将来を嘱望される日本の歌手の抜擢にも、大きな期待が寄せられている。

日本を代表するバス歌手、妻屋秀和の堂々とした舞台姿に見惚れる

五木寛之は、塩野七生との対談「おとな二人の午後」(世界文化社)の中で、「オペラを見るコツっていうのは贔屓をつくるにかぎる」と言っている。それまでうたた寝をしていても、お目当ての歌手が出てきたら「ブラボー!」とか手をたたく、そんな贅沢な楽しみ方もいいものだ、と五木流のオペラの楽しみ方を勧めている。そう、応援する「推し」の歌手をつくるということだ。

今回スポットを当ててみたいのは、妻屋秀和。『さまよえるオランダ人』には物語が進むほどに深く魅了されていく役が揃っているが、そんな中でも特に重要な役どころとなる、ノルウェー船の船長でゼンタの父親のダーランドを演じている。

妻屋秀和は今、日本で最も厚い信頼を寄せられるバスと言われ、オペラの舞台やコンサートにひっぱりだこ。身長190cmという日本人離れした長身と深々とした美声で観衆を魅了する国際的なバス歌手だ。新国立劇場への出演を楽しみにしているファンも多い。

新国立劇場「真夏の夜の夢」2020年公演より。
撮影:寺司正彦
写真提供:新国立劇場

■妻屋秀和
島根県出身。東京藝術大学、同大学院修了。92年よりミラノに留学。94年から2001年までライプツィヒのライプツィヒ歌劇場、2002年から2011年までワイマールのドイツ国民劇場専属。今までに出演した主要な歌劇場は、ブレゲンツ湖上音楽祭、ベルリン・ドイツ・オペラ、ベルリン州立歌劇場、ライン・ドイツ・オペラ、新国立劇場等。ヨーロッパ及び日本で、モーツァルト、ロッシーニ、ヴェルディ、プッチーニ、ワーグナー、R・シュトラウス等のオペラの主要な役を、著名な指揮者、演出家、歌手たちと共演。これまでに出演したオペラは70余作。演じた役は100役、公演数は1000回を超える。オペラのみならず、コンサートでは「第九」をはじめヴェルディ「レクイエム」などでも日本を代表するバスとして活躍を続けている。(2021年現在 二期会21ホームページ参照)

一方、プライベートでは、自転車で街中を走ったり、高尾山から陣場山まで縦走といった山歩きが趣味だという。そんな明るくアクティヴな面ももつ妻屋氏は、オペラの魅力と楽しみ方をこんな風に教えてくれている。

「オペラの魅力のひとつは、外国語のいろんな言葉で演奏されること。言葉が変わっても、その感動は共有されるのです。そして、ライヴ感。連日公演の場合、出演者のコンディションや劇場の空気感で、伝わるものが毎回変わってくるのはライヴだからこそ。そんな魅力を、耳で聴き、目で観て、心で感じて取ってください」(新国立劇場YouTube「新国立劇場20周年・妻屋秀和メッセージより」)

総合芸術であるオペラは、観る者が、それぞれのこだわりの視点で楽しむことができる。クラシック音楽ファンなら好きな作曲家から入っていく。文学好きなら原作の作家で選ぶのもいい。そして、推しの歌手を応援する気持ちの高ぶりも楽しいもの。『さまよえるオランダ人』は、そんなきっかけを見つけるのに最適な作品なのだ。

新国立劇場 2021/2022シーズンオペラ
『さまよえるオランダ人』 
作曲 リヒャルト・ワーグナー
[全3幕/ドイツ語上演 日本語・英語字幕付]
公演日 1月26日(水)~2月6日(日)
会場  新国立劇場 オペラパレス/東京都渋谷区本町1-1-1
https://www.nntt.jac.go.jp/opera/derfliegendehollander/
■問い合わせ 電話:03・5352・9999(ボックスオフィス)
■新国立劇場オペラサイトhttps://www.nntt.jac.go.jp/opera/
■新国立劇場では、新型コロナウイルス感染拡大予防への取り組みが実施されます。詳しい内容は新国立劇場のウェブサイトで確認を!
https://www.nntt.jac.go.jp/release/detail/23_017576.html

文/堀けいこ

 

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