写真・文/鈴木拓也

有名な《相馬の古内裏》の拡大複写が貼られた展示会場の一部。

江戸時代に活躍した「奇想の絵師」といえば、最初に思い浮かぶのは、伊藤若冲ではないだろうか?

これは、日本美術史の潮流のなかで、比較的最近になって再発見・再評価されたことが大きいだろう。その流れで、曾我蕭白や長沢芦雪らもクローズアップされているのはご存知のとおり。

しかし、忘れてはならない傑人がもう一人いる。

その名は歌川国芳。江戸時代後期~末期に活躍した浮世絵師である。彼を「スーパークリエイター」と位置づけ、主な作品が一堂に会した展覧会が、京都市京セラ美術館にて開催中だ。

展示会場の入り口。
絵の一部が拡大複写され、躍動感を生む展示会場。

初代歌川豊国に画才を見出されるが…

国芳が生を受けたのは、寛政9年(1797)のこと。場所は、江戸日本橋本銀町(ほんしろがねちょう)の染物屋である。幼名は井草芳三郎といい、歌川広重は奇しくも同年の生まれ。世の中は天明の大飢饉から復興し、徳川家斉の治世下、平穏な日々を謳歌していた。

国芳がどのような幼少期を送っていたかは詳らかではないが、7歳頃には画才が芽生えていたことはわかっている。『絵本武者鞋』といった挿絵入りの本に親しみ、絵の技法を自然と学んでいたようだ。

12歳になって国芳は、世の中に出る機会をつかむ。鍾馗(しょうき)の絵が、初代歌川豊国の目に留まったのがきっかけとなり、入門を果たしたのである。

しかし、版元からの依頼は、画力確かな師匠や兄弟子の国直へと集中し、思うように仕事が回ってこない。若い国芳は、そんな境遇に腐ることなく、精進を重ねた。

武者絵の大ヒットで世間の注目を浴びる

中国発の長編小説『水滸伝』の大ブームが、国芳に大きなチャンスをもたらした。版元の加賀屋が、作中の登場人物たちの錦絵を依頼してきたのである。加賀屋にとっては賭けであったかもしれないが、国芳は期待を上回る作品群を生み出し、一躍世間の人気を得た。

ヒットに気を良くした加賀屋は、今度は日本の英雄たちのバージョン《本朝水滸伝豪傑八百人一個》(一個は「ひとり」と読む)を国芳に描かせた。その1枚で、天眼礒兵衛が力士の夜叉嵐を投げ飛ばした作品が本展で展示されている。

《本朝水滸伝豪傑八百人一個 天眼礒兵衛 夜叉嵐》
天保2年(1831)頃、個人蔵

こうした英雄や豪傑を描いた絵は、ジャンルとしては「武者絵」に属する。世間のニーズもあって、国芳は様々な武者絵を遺している。宮本武蔵が巨大な鯨の背に乗ってこれを退治するという横長の絵もその1枚だ。

《宮本武蔵と巨鯨》弘化4年(1847)頃、個人蔵

ケレン味豊かな戯画の数々

不遇の時代を経て横溢した発想力と独創性が、国芳を武者絵専門の絵師に終わらせはしなかった。彼は、役者絵、美人画、風景画など、ほぼオールジャンルに手を染め、作風の多様さには舌を巻く。

中でも彼の個性がよく表れているのが、戯画だろう。常人には思いもつかない突飛なアイデアの数々には、賞賛の念を禁じ得ない。《人かたまつて人になる》は、その好例。遠くから見れば横を向いた人物画だが、近寄れば複数の裸体が集まって1つの顔を構成していることがわかる。国芳の遊び心が垣間見える秀作だ。

《人かたまつて人になる》弘化4年(1847)頃、個人蔵

もう1つ挙げよう。《猫の当字 ふぐ》は、猫たちがしなやかな身体能力を生かして、平仮名の単語を作るという連作の1作品。国芳は、度を外れた猫好きで、常に身の回りに何匹かの猫を置いていた。絵を描くときも猫を抱き、家の仏壇には彼の下で息を引き取った猫たちの位牌が並んでいたという。この作品からも、彼の猫愛がまざまざと伝わってくる。

《猫の当字 ふぐ》天保末(1841-43)頃、個人蔵

江戸っ子を虜にした巧みな風刺画

国芳が円熟の境地へと達した40代、幕府は倹約令を発布し、さらに天保の改革に着手した。老中首座の水野忠邦が主導したこの改革は、綱紀粛正の名目のもと、贅沢を禁止するものであった。その影響は、庶民文化へも波及し、歌舞伎役者を描いた錦絵は禁止となるなど、絵師たちの創作活動にも大きな制約が課せられた。

一部の絵師は、風刺画というかたちで幕府に反抗した。国芳も、点数こそ多くはないが、そうした作品を描いている。もっとも、あからさまな風刺は懲罰の対象となるだけなので、それとなく仄めかすかたちで表現した。《源頼光公舘土蜘作妖怪図》は、その1つである。大判で三枚続きの錦絵には、土蜘蛛退治の伝説を持つ源頼光と、彼に仕えた「頼光四天王」たちが描かれているが、その頭上には妖怪の群れが跋扈するという構図。国芳は、幕府を批判した諷刺だとは明言しないが、見る者たちは四天王の1人が水野忠邦で、妖怪は改革に反発する庶民の象徴であるなどと噂し合った。

《源頼光公舘土蜘作妖怪図》天保14年(1843)、個人蔵

他方、《朝比奈小人嶋遊》は、より直接的に為政者側を風刺したと受け取れる作品である。これは鎌倉時代の武将、朝比奈三郎がモデルで、絵の下側に小人の住む島の大名行列が描かれている。

《朝比奈小人嶋遊》弘化4年(1847)頃、個人蔵

弘化4年(1847)、浅草寺の開帳の際、朝比奈の大人形細工の見世物が開催された。この影響で、通行を妨害された大名行列が苦情を申し立て、見世物が中止となってしまう。国芳は、この出来事をユーモアたっぷりに風刺している。

さて、本稿で取り上げた作品は、本展を特徴づける代表作のほんの一部にすぎない。それでも、国芳の「スーパークリエイター」ぶりが実感できたかと思う。江戸絵画好きな方もそうでない方も、機会があればぜひ鑑賞してほしい。

浮世絵スーパークリエイター 歌川国芳展

会期:~2026年9月23日(水・祝)
会場:京都市京セラ美術館 本館 北回廊1階
住所:〒606-8344 京都府京都市左京区岡崎円勝寺町124
電話:075-771-4334
FAX:075-761-0444
公式サイト:https://www.ktv.jp/event/kuniyoshi/
開館時間:10:00~18:00(入場は17:30まで)
休館日:月曜日、ただし9月21日(月・祝)は開館
料金:公式サイト参照
アクセス:公式サイト参照

写真・文/鈴木拓也
老舗翻訳会社役員を退任後、フリーライターとなる。趣味は神社仏閣・秘境めぐりで、撮った写真をInstagram(https://www.instagram.com/happysuzuki/)に掲載している。

 

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