文/印南敦史
「本当に食べていけるのか」ということは切実な問題であるだけに、リタイアの時期が近づくと“それ以降の経済事情”ばかりがどうしても気になってしまうかもしれない。
それは真っ当な感情だと思うが、『「定年後知的格差」時代の勉強法』(櫻田大造 著、中公新書ラクレ)の著者は、現在の日本において「経済格差」よりもコワイのは「知的格差」なのだと主張する。
そこで本書においては、誰でも、いつからでも、どこででも可能な“知的ライフスタイル”を送ることを提案しているのである。
まず最初に押さえておくべきポイントは、「受動的知的生活」ではなく「能動的知的生活」を送ることの重要性。
本やウェブなどで情報を集め、それを話題に取り上げるに過ぎない前者ではなく、それらの発見を記事、論文・ブログ・本などにまとめたり、受講生相手に教えたりするような後者を選択すべきだということである。そうすれば、定年前後を愉しむ可能性がぐんと広がるわけだ。
定年前になると、誰もが定年したらどうしようか? と悩み始めるだろう。そこでオススメなのが、勉強を中心とする能動的知的生活だ。勉強は何歳からでも遅すぎないし、何歳からでも早すぎることもない。定年後の人生を充実させるために、うってつけなのだ。(本書「まえがき」より引用)
具体的にいえば著者が勧めているのが、大学(院)の活用。シニアおよび現役ビジネスパーソンにとっては、いまこそ大学(院)を活用する絶好の好機であるという。その根拠は以下のとおりだ。
(1)「働き方改革」で残業が減ったため勉強できる時間が増えた。
(2)「ウェブ会議」が、対面でなくとも問題ないことを証明した。
(3)「少子化による大学(院)の定員割れ」が大学入試の倍率低下をもたらしたため、入学も難しくなくなっている。
しかも、勉強には定年や限界はない。また大学や大学院は、体調や都合に合わせて学びを一時休止できる柔軟性にも富んでいる。
4年生大学なら8年まで在籍できるし、大学院なら、指導教授と相談して一時休止することもできる。つまり、ちょっと体調が悪くなっても、定年前後の知的生活は可能なのだ。
もちろん、カルチャーセンターを利用するという手段もあるだろう。だが著者は、できるなら大学(院)での勉強をオススメしたいという。単位取得を目的とする大学(院)の授業と、そうではないカルチャーセンターとでは、違う部分があるというのがその理由。それは、自身のカルチャーセンター講師経験に基づいた考え方であるようだ。
筆者はシニア向けのカルチャーセンターで国際政治について教えた経験があるが、受講生が200人を超えていたため充分な質疑応答時間が取れなかったというのだ。
逆に15名の受講生に国際政治の基礎を講義したときには、大学のゼミのように活発な議論が展開できる小所帯だったにもかかわらず、質問が出ることはなく、一方的な展開で終わってしまったのだそうだ。
もちろん、これは一事例にすぎず、すべてのカルチャーセンターに当てはまるわけではないだろう。が、往々にして、カルチャーセンターだと、単位取得という形で自分の理解度を評価してもらう方法がないために、講師からのフィードバックも少なく、知的生活も受動的なモノに留まってしまいがちだ。(本書28〜29ページより引用)
一方、大学のゼミになると、担当教員とメールやスマホのLINEなどで連絡を取ることもできるため、フィードバックは何度でも充分に行うことが可能。
試験やレポート・論文にしても意義がある。自分の学習達成度を測ることは、脳に大きな刺激を与えることになるからだ。
そういう意味で、独学や自主的な取り組みには限界があるということ。単位取得という具体的な形である程度の締め切りや達成目標が提示されていたほうが、「能動的知的生活」をスタートするには向いているわけである。
しかも大学教育の現場を知る著者によれば、大学側が優秀な社会人学生を大歓迎しているという大きな潮流があるそうだ。現在の大学業界は少子高齢化の波をもろにかぶって「氷河期」が続いているため、中高年に“救世主”としてスポットライトが当たっているのだ。
受験勉強自体がハードルになりそうだが、各教科を勉強することが難しくても、社会人向けの学部入試や編入入試を実施している大学も多い。
まずは「科目等履修生」として近くの短大・大学のおもしろそうな科目を履修していき、積み上げ型で学位(学士=大卒)を取得するのもいいだろう。
カルチャーセンターのように、話を拝聴してちょっとだけ読んで勉強するというような受動的知的生活とは違って、より能動的な知的生活へとつなげることができるのである。
もちろん、図書館もプールもテニスコートも、そして学割も使うことができる。たしかにそう考えると、シニア世代にとって大学(院)への進学のメリットは多そうだ。
学び足りないという意識を持っている方は、本書を参考にして学びなおしを検討してみてはいかがだろうか?
文/印南敦史 作家、書評家、編集者。株式会社アンビエンス代表取締役。1962年東京生まれ。音楽雑誌の編集長を経て独立。複数のウェブ媒体で書評欄を担当。著書に『遅読家のための読書術』(ダイヤモンド社)、『プロ書評家が教える 伝わる文章を書く技術』(KADOKAWA)、『世界一やさしい読書習慣定着メソッド』(大和書房)、『人と会っても疲れない コミュ障のための聴き方・話し方』『読んでも読んでも忘れてしまう人のための読書術』(星海社新書)、『書評の仕事』(ワニブックスPLUS新書)などがある。新刊は『「書くのが苦手」な人のための文章術』( PHP研究所)。2020年6月、「日本一ネット」から「書評執筆数日本一」と認定される。