文/鈴木拓也
「車中泊」と聞いて、どんなイメージがわくだろうか?
昨年は、新型コロナウイルスの患者を担当する看護師が、帰宅して家族と接触しないよう車中泊でしのぐ、というニュースが話題になった。その前の熊本地震では、避難所生活の代わりに車中泊を選ぶ人たちがいた。
そのせいで、明るいイメージと結び付けるのは難しいかもしれないが、視点を変えると車内は「すばらしい居場所」になる―そう説くのは、武内隆さんだ。
1937年生まれの武内さんは、50代に車中泊旅行に目覚め、これまでの車中泊日数は2500日を超える、その道の大ベテラン。昨年11月には、これから始めようとする人向けに『車中泊入門』を上梓している。今回はこの書籍を紹介しよう。
何かと融通がきいて便利な車中泊
武内さんは、車中泊の魅力をまるまる1章割いて語っている。
冒頭で、その第一のポイントとして「どの地域でも好きなときに、好きなところで泊まることができる」点を挙げている。
確かにそう言われてみれば、ホテル・旅館は行楽地でも中心街に固まっているものだし、チェックイン・アウトの時間も決まっている。そのような制限をとっぱらったら、旅の自由度はずっと増すだろう。ちなみに、自身の体験として武内さんは、山登りをした日のこんなエピソードを記している。
思いのほか険しい山で、時間もかかり、へとへとになって登山道の入り口に戻ってきたときには、すでにあたりは暗くなりかかっていた。(中略)予定では、ふもとの温泉に入り、その近くで車中泊をと考えていたのだが、もう時刻も遅く、疲れ果てていたので、そのまま寝ることにした。ぐっすり寝て、起きてみると疲れもなくなっており、ふもとの温泉まで車を走らせて、気持ちのよい朝風呂に入った。(本書22pより)
武内さんは、愛車を「我が家」と呼んでいる。疲れていても、車内に戻ればコーヒーを飲んで、シートを倒して寝転がってリラックスすることも可能。出先があいにくの雨でも、車内で晴れるのを待っていればよい。
車中泊のもう1つの魅力として、時間の融通がきく点も挙げられている。例えば平日は仕事、土日が休日という場合は、金曜の夜に出かける。その日は、どこか適当なところで車中泊をし、土曜の早朝に目的地へまっしぐら。朝のうちに行きたい場所に着けて、その日はまるまる得した気分になれる。同様に、日曜夜は帰途のどこかで車中泊をして、月曜の朝に帰宅する。宿泊まりなら疲れてしまいそうな週末の旅も、車中泊なら問題なし、というわけだ。
車選びの基準はシートがフラットになるか
本書には、車中泊に適した乗用車の指南もある。
世の中にはキャンピングカーから軽自動車までさまざまな車種があるが、「お決まりの正解はない」と、武内さん。
ただ、考慮すべき条件はあるとも。その1つが「シートを倒したときにフラットになる」。短時間の仮眠ならリクライニングした状態でもいいが、一晩中これだと疲れてしまう。なので、フルフラットが条件。それも、横になったときに凹凸を感じないくらい平らであることが重要。寝心地や寝返りの打ちやすさが全然違うからだ。もし、今使っているマイカーで車中泊をしたいが、そんな凹凸がある場合、マットを敷くとか、詰め物をするなど工夫して、問題を解消するようアドバイスしている。
また、車種としては日常使いにも便利ということで、ミニバンを推す。
車室内が広く、天井が高いので、車内での活動や荷物の積載にもゆとりが生まれ、快適な車中泊が可能だ。多目的用途に使えるよう設計されているため、シートアレンジが多彩なのも、車中泊に重宝する。(本書58pより)
では、車中泊を第一に考えて設計されているキャンピングカーは?
実はこれ、良し悪しがあると、武内さんは指摘する。ベッドメイク、窓の遮蔽、洗面、トイレの心配がなくなる大きなメリットがある反面、細い山道は走りにくく、駐車場にも苦労する、普段使いには不向きというデメリットは見逃せない。もし、車中泊専用のセカンドカーとして購入を考えるなら、レンタルから試してみるのがよいとのこと。
災害時の車中泊はどう考えるか
今のご時世、車中泊での行楽は先の話という人でも読んでおきたいのが、「災害と車中泊」という章だ。
現在進行中のコロナ禍について武内さんは、「とくに強調したい」点としてトイレを挙げる。車中泊をすれば、水は十分に使えないので、手洗いなどは公共トイレを活用することになる。しかし、不特定多数が出入りする場所なので、どうしても感染リスクが気になるところ。
そこで重宝するのが、手指の消毒用アルコール入り容器。医療従事者がしているように腰にぶら下げ、適宜手指を消毒することをすすめる。
また、最近よく聞く「分散避難」だが、避難所の代わりとして車中泊も注目されている。ただ、「車があるから、いざとなったら車中泊」という感覚では危険だという。
乗車定員に近い人数で車中泊をしたのでは、体が持たないし、エコノミー症候群の危険も出てくる。猛暑の夏の夜の車中泊も地獄であり、熱中症の危険もある。(本書258pより)
それが避けられない事態でも、一日中車内で過ごさず、昼間はできるだけ外に出て、かつ感染リスクの少ない場所で過ごす。車に頼り切らないのが大切だ。
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武内さんは、一人で車中泊旅行をしている定年後の男性に出会うことがよくあるという。聞くと、たまに車中泊で出かけることで、家にいる奥さんと適度な距離感を保てるメリットがあるとか。
定年後は、現役時代にできなかった新しいことをスタートするのに最適な年代。選択肢の1つに車中泊を考えてもいいかもしれない。そうと決めたら、本書はとても役立つはずである。
【今日の定年後の暮らしに役立つ1冊】
文/鈴木拓也 老舗翻訳会社役員を退任後、フリーライター兼ボードゲーム制作者となる。趣味は神社仏閣・秘境巡りで、撮った映像をYouTube(Mystical Places in Japan)で配信している。