文/印南敦史
コロナ禍は、日本の食を取り巻く環境にさえも大きな影響を及ぼしている。たとえば巣ごもり生活が定着した結果、調理の必要がない出来合いの食品、カップ麺やレトルトなどのインスタント食品、冷凍食品を利用する機会も増えたことだろう。
しかし簡単で便利な食品には、生活習慣病の元凶にもなる塩分・油分・糖分がたっぷり含まれる。それら“超加工食品”を食べ続けると、当然ながら栄養面に偏りが生じることになる。
もちろん、そればかりではない。加工食品の濃厚な味のベースになっている、塩、うま味調味料、タンパク加水分解物という「黄金トリオ」をとり続けていると“味覚オンチ”になってしまう可能性も大きい。
いうまでもなく、「黄金トリオ」が入った加工食品は何種類もの添加物を駆使して製造されている。味が濃く添加物も多いため、塩分、油分、糖分のとりすぎになり、生活習慣病へとつながっていくわけだ。
そこで、こうした問題を念頭に置いたうえで、体に負担をかけない“安全な食品”の重要性や選び方などを説いているのが、『家族と自分を守る「安心な食品」の選び方』(安部 司 著、祥伝社)だ。
著者は、総合商社食品課で加工食品の開発に携わった経験の持ち主。退職後は、海外での食品の開発輸入や、無添加食品の開発、伝統食品の復活に取り組み、食品添加物の現状、食生活の危機を訴える講演活動を精力的に行っている。
塩分・油分・糖分をとりすぎることの危険性、健康を守る食品の選び方など、知っておきたいことがらを、食の現実と向き合ってきた経験を軸に解説しているのである。読み進めていけば、添加物がいかに危険であるかがわかる。
また、それらと同様に注目すべきは、最終章「伝統調味料を見直す」だ。しょうゆ、味噌、みりんなど、日本ならではの伝統調味料、だしの文化を見なおしてほしいという想いを込めて書かれた章である。
著者がここで強調しているのは、濃い味に慣れてしまった味覚を取り戻すためには、本物の伝統調味料やだしを使って料理することに尽きるという考え方だ。
「忙しくて、そんな時間がない」という人も、ちょっと考えてみてください。味噌汁のだしだって、イリコ4、5匹に短く切っておいた昆布を一晩、水に漬けておけば十分。もの足りなかったら、削り節をパパッと足せば完成です。
「黄金トリオ」でつくった顆粒だしを買わなくても、使い捨てのお茶パックの袋にイリコ、昆布、削り節を数日分詰めて保管しておけば、料理の都度サッと手軽に使えます。(本書254ページより引用)
「無理だ」「できない」と否定的になるのは簡単だが、だしをとるのはもっと簡単だということ。
また、冷蔵庫のドアポケットに入れっぱなしになっている(賞味期限切れになっているかもしれない)タレ、ソース、ドレッシングなど、「あれば便利でも、なくてもいいもの」を減らしていくことも重要であるようだ。
たとえばポン酢を買う代わりに、だし汁を加えた丸大豆しょうゆに柑橘果汁をかけるだけで十分。しょうゆを薄めるだし汁は、コーヒードリップの要領でフィルターにカツオ節を入れて熱湯を注げば簡単にとれる。
やってみるまでは難しそうに感じるものだが、やってみれば意外なくらいに簡単なのだ。
しかも伝統的な製法でつくったしょうゆは、出来合いのポン酢に使われているしょうゆよりもずっと風味がある。少しばかり高いなと感じても、自分でチョコチョコっとつくれば味覚もよくなり、長い目で見れば結局はお得なのである。
市販の加工食品の実質の材料費は、小売価格の20パーセントぐらいしかありません。利益を出すために、材料のコストを抑えているわけですから、たいした材料は使われていません。それよりも、質のよい基本調味料を使ったほうが、ずっと健康的です。(255ページより引用)
なにより注目すべきは“変化”だ。カツオ節、イリコ、昆布のだし、添加物に頼らず伝統的な製法でつくった調味料を家庭の味のベースにしていくと、レトルト調味料は口にしたくなくなっていくという。
添加物たっぷりのそれらを口にすると、舌に変な後味が残るからだ。逆にいえば、それらを避けて「手軽にできる手間」をかければ、本来の味覚は取り戻せるのである。
手間と時間をかけて伝統的な製法でつくられる調味料は、添加物を駆使して大量生産したものとはまったく違う味わいです。微生物が醸し出して生まれる発酵食品は、日本が誇る食文化の一つです。こだわりの発酵食品をつくり続ける地域のメーカーの商品を買って、使い続けることで支えたいものです。(本書256ページより引用)
著者のこうした主張が説得力を感じさせるのは、先述した総合商社食品課での経験がベースになっているからなのだろう。食の現場でさまざまな現実を確認したうえで、原点に立ち戻ったと言えるかもしれないが、そこには人が口にすべきものについての本質が表れているように思う。
『家族と自分を守る「安心な食品」の選び方』
安部 司 著
祥伝社
定価:1500円+税
発売:2020年7月
文/印南敦史 作家、書評家、編集者。株式会社アンビエンス代表取締役。1962年東京生まれ。音楽雑誌の編集長を経て独立。複数のウェブ媒体で書評欄を担当。著書に『遅読家のための読書術』(ダイヤモンド社)、『プロ書評家が教える 伝わる文章を書く技術』(KADOKAWA)、『世界一やさしい読書習慣定着メソッド』(大和書房)、『人と会っても疲れない コミュ障のための聴き方・話し方』『読んでも読んでも忘れてしまう人のための読書術』(星海社新書)、『書評の仕事』(ワニブックスPLUS新書)などがある。新刊は『「書くのが苦手」な人のための文章術』( PHP研究所)。2020年6月、「日本一ネット」から「書評執筆数日本一」と認定される。