文/田中昭三
1300余年の歴史を誇る奈良の春日大社。本殿が造営されたのは奈良時代中ごろの神護景雲2年(768)にまで遡るという古社である。ご神体でもある御蓋山(みかさやま)の中腹に、4棟が立ち並んでいる。
その春日大社は、今年、第60次の「式年造替」の年を迎えている。式年造替(しきねんぞうたい)とは、20年に一度、社殿の建て替えや修復を行なう一大行事をいう。その間、4柱のご祭神は仮殿に遷っていただく。そして来る11月6日、正遷宮(しょうせんぐう)が行なわれ、新しくなった本殿に再び遷座されるのである。
春日大社本殿の形は「春日造り」といい、神社建築のなかで最も優美な姿とされるが、美しさの秘密は、屋根のゆるやかな曲線にある。青空に向かってそびえ立つ優美な曲線には、厳粛さと静謐さが漂い、見る者の心を清らかにしてくれる。
その屋根は創建以来ずっと、檜皮葺(ひわだぶ)きを保持してきた。日本建築の屋根のなかでは最も格調が高い。しかし費用もかなりかかる。檜皮葺きの屋根は20年ほど過ぎると、徐々に傷みが増す。そこで式年造替の年に、必ず屋根を葺き替えるのだ。
今回その工事を担当したのは、谷上社寺工業7代目の谷上永晃(たにがみ・ながてる)さん(68歳)。会社は明治時代の創業で、谷上さんは第58次の式年造替からかかわっている。
今年は、本殿のほかに、弊殿(へいでん)、直会殿(なおらいでん)、着到殿(ちゃくとうでん)などの葺き替えも手がけた。
檜皮(ひわだ)とは檜(ひのき)の表皮のことをいう。「原皮師(もとかわし)」という専門の職人が、ヒノキの木に上って、表皮を剥がすのである。
「樹齢100年以上の檜から剥がさないと、屋根に適した檜皮は得られません。若い檜では皮が薄く、弾力が足らないのです」と谷上さんは語る。
しかし樹齢100年以上の檜は、どこにでもあるわけではない。谷上さんは50年、100年以上先を見越した檜の計画植林にも取り組んでいる。
葺き替え作業は、まず屋根の大きさを実測することから始まる。
「どの大きさの檜皮が何枚必要かを割り出し、それを基に檜皮を調達します。剥いだ檜の厚さは約5㎜。それを専用の檜皮包丁で不要な部分を削り、約1.5㎜の厚さに整えるのです」(谷上さん)。
その作業も専門職が行なう。実に手際がいい。原皮を手にすると瞬時に削る部分を判断し、屋根のどの個所に使うかを見極める。
先述したように、春日大社の社殿の屋根は曲線が多い。曲線部分は形状に合わせて「約物(やくもの)」という特別仕様の檜皮を使う。そのひとつが「箕甲(みのこう)」という約物で、春日大社の本殿屋根はほとんどに箕甲を使っている。
谷上さんが春日大社の式年造替に携わったのは15歳のころ。
「最初は先輩の指示に従うのが精いっぱいでした。見よう見まねですね。2回目は多少余裕ができ、全体が見渡せるようになりました。今年はいわば総指揮を執る立場です。20年に一度というのは、伝統の技を受け継ぎ、次の世代に伝えるにはちょうどいい間隔です。式年造替には、技術の伝承という大切な役割も課されているのです」と谷上さんは語る。
今年の秋に奈良へと旅するなら、装い新たな春日大社への参拝をお勧めしたい。その際には、ぜひ「屋根」をじっくり見ていただきたい。
【春日大社第60次式年造替:「御本殿特別参拝」無料開放】
11月11日(金)~13日(日)の3日間、正遷宮を祝し、御本殿特別参拝が無料開放されます。(各日、午後1時より)
【中門前「林檎の庭」での主な奉祝行事】
11月7日(月)後宴之舞楽
11月8日(火)奉祝式能
11月10日(木)奉祝狂言
詳しくは春日大社のWebサイト(http://www.kasugataisha.or.jp)、またはお電話(0742・22・7788)でご確認ください。
取材・文/田中昭三
京都大学文学部卒。編集者を経てフリーに。日本の伝統文化の取材・執筆にあたる。『サライの「日本庭園完全ガイド』(小学館)、『入江泰吉と歩く大和路仏像巡礼』(ウエッジ)、『江戸東京の庭園散歩』(JTBパブリッシング)ほか。
撮影/牧野貞之