奈良の春日大社は、今年「第60次式年造替」の年である。式年造替とは創建以来受け継がれている20年に一度の一大行事で、社殿の修復や塗り替えなどが行なわれる。
春日大社の本殿は、御蓋山(みかさやま)の中腹に4棟が立ち並ぶ。本殿が造営されたのは奈良時代中ごろの神護景雲2年(768)。春日造りといわれ、神社建築のなかで最も優美な姿を誇る。
その本殿は、今回も「本朱(ほんしゅ)」で塗り替えられた。古来、日本の赤系統の顔料は主に本朱、鉛丹(えんたん)、弁柄(べんがら)の3種類。一般に神社建築では橙色の鉛丹がよく使われる。「本朱」は赤系統の顔料では最も高価で、色に高貴な深みがある。この「本朱」100%で塗られた神社は、春日大社を除けばほとんどない。
なぜ「本朱」にこだわるのか。春日大社の宮司・花山院弘匡(かさんのいんひろただ)さん(54歳)はこう語る。
「本朱ならではの、明るく、柔らかく、しかも深みのある尊い色。これこそ、青々と繁った森におわす春日の神様に最もふさわしい色調なのです」
社殿の塗り替えを担当したのは、小西美術工藝社の横田敏行さん(56歳)。日光東照宮も担当しているベテランである。
塗り替えは古い色の上にすぐに塗り始めるのかというと、そうではない。まず20年前に塗られた古い塗料を掻き落とすところから始まる。
「柱の隅々まできれいに落としますから、塗り替え行程の半分以上がこの作業に費やされます」と横田さんは語る。
剥がしの作業には決して機械を使わない。「安易に機械に頼ってしまうと、古代から受け継がれてきた技術が分からなくなります。効率は悪いですが、手作業だからこそ気がつくこともあるのです。
例えば、本殿の柱にはほとんど木の節が見当たりません。檜の一番きれいな部分を使っているのです。朱を塗るから節目があっても構わないと思いがちですが、神様への畏敬の念が柱の表面にも表れているんですね」(横田さん)。
朱塗りは3回にわけて行なわれる。まず、膠(にかわ)と明礬(みょうばん)を混ぜた礬砂(とうさ)という液体を塗る。木の湿気を閉じ込めるためだ。
次に本朱3割、鉛丹7割の塗料を塗る。そして最後に「本朱」を上塗りして完成である。
春日大社の本殿は、中門越しに拝むことができる。中門や回廊のほうは、橙色に近い「鉛丹」で塗り直された。拝観の折には、両者の違いをじっくり見比べながら、本殿の「朱色」の深みを味わっておきたい。
●春日大社第60次式年造替:「御本殿特別参拝」無料開放
11月11日(金)~13日(日)の3日間、正遷宮を祝し、御本殿特別参拝が無料開放されます。午後1時より。
●中門前林檎の庭での主な奉祝行事
11月7日(月)後宴之舞楽
11月8日(火)奉祝式能
11月10日(木)奉祝狂言
詳しくは春日大社のHP、
http://www.kasugataisha.or.jp
またはTel.0742・22・7788でご確認ください。
取材・文/田中昭三
京都大学文学部卒。編集者を経てフリーに。日本の伝統文化の取材・執筆にあたる。『サライの「日本庭園完全ガイド』(小学館)、『入江泰吉と歩く大和路仏像巡礼』(ウエッジ)、『江戸東京の庭園散歩』(JTBパブリッシング)ほか。
撮影/牧野貞之