カフェルームは貴婦人たちが集った「迎賓の間」。
濃厚なカスタードを挟んだパイに、キャラメルアイスクリームを添えた「ミルフォイユ」(コーヒーまたは紅茶のセット2970円)。

「和洋をも融合した複雑な建築様式。訪れるたびに新しい発見があります」

京都の絵師・伊藤若冲を描いた『若冲』や、平安時代の宮中を舞台とする『月ぞ流るる』などの歴史小説を手がけてきた作家の澤田瞳子さん。この古都に生まれ育ち、「根をおろしている」と語る澤田さんは、京都を「日本を代表する歴史と文化の集積地」と評価する。澤田さんのいう「歴史」とは、1000年前の平安時代や、志士が駆けぬけた幕末に限らない。

「明治維新以降の『歴史』もしっかりと集積し、町の中で目にすることができます。京都の町並みの中で、思いがけず出会う煉瓦やコンクリートの近代建築、洋風建築もまた京都の歴史の一部なんですよね。しかも、学校や事務所、最近ではカフェなどとして現役で使われている建物が多いんです」

イギリス・ヴィクトリア調のネオ・クラシック様式のダイニングルーム。
漆喰の装飾と皿には、村井吉兵衛の家紋「丸に三つ柏」にちなみ柏とオリーブの意匠が施されている。
ダイニングルームを利用したフレンチレストラン『ル シェーヌ』にて。優雅な設えや窓越しの庭にみやこの歴史と“美”が宿る。

重要文化財などに指定されている歴史的に重要な建物でも、一般の人々が立ち入って利用できる施設が多数ある。

「私自身、実は今も母校の同志社大学で職員として仕事をしているのですが、職場が赤煉瓦の建物です。重要文化財に指定されているため火気厳禁で、お弁当を温められないのが難ですが、建物はやはり使ってこそだと思います」

古都で近代建築を楽しむ

澤田さんは、友人と会ったり、仕事の打ち合わせをしたりするときに、こうした近代建築を活用したカフェやレストランを利用することが多いという。

「円山公園の一角にある長楽館は、雰囲気が好きで昔からよく利用しています」

長楽館は、京都市街の東にあり少し高い位置に佇む重厚感のある洋館だ。明治時代の実業家・村井吉兵衛の迎賓館として明治42年(1909)に建てられた。

「半地下があるなど構造が複雑で、部屋ごとに雰囲気も異なり、訪れるたびに新しい発見があります。様々な建築様式や装飾が、さほど大きくはない規模の建物の中にぎゅっと詰まっているところもおもしろいと思います」

外観はルネサンス風、内部は部屋ごとにロココやネオ・クラシック、アールヌーヴォーなどの様式が共存、調和している。建物と家具51点他が国の重要文化財だ。往時、国内外の賓客をもてなした空間を、レストラン、カフェとして満喫できる。長楽館でのアフタヌーンティーを、友人と何度も楽しんでいるという澤田さんは続ける。

「京都というと、抹茶を使うなど和の要素を取り入れた料理やお菓子が多いのですが、長楽館は純粋な西洋料理やデザートなのが、京都人の私にとってはありがたいです。この建物への期待に見合ったメニューなんです」

「重厚感ある階段や廊下ほか、迎賓の気分に浸れる“見どころ”がコンパクトに凝縮されています」

「部屋の趣向がすべて異なる上、同じ1階でも段差があって、隠れ家のような趣があります」

そう話す澤田さんは、一般公開されている1階、中2階、2階のほとんどの部屋に入ったことがあるそうだ。かつて貴婦人たちをもてなした「迎賓の間」や紳士たちがビリヤードに興じた「球戯の間」などがカフェとして利用されているほか、「旧温室の間」はケーキなどの洋菓子を展示販売する「スウィーツブティック」となっており、折に触れ訪れた際には、装飾から調度まで、目を楽しませているという。

洋の中に和のもてなし

繰り返し長楽館を訪れてきた澤田さんだが中3階、さらに3階へと足を踏み入れたのは今回が初めてだという(※通常非公開。ホテル長楽館宿泊客は見学できるほか、イベントなどで公開)。

「ここから上は、和室になっているんですね。こんなどっしりとした洋風建築の中に畳の部屋があるなんて、思いもよりませんでした。国内外の要人のもてなしには、茶室などの和室も欠かせなかったのですね」

中3階の茶室「長楽庵」には和洋を融合するかのような円窓のステンドグラスがはめ込まれている。また3階の書院造りの和室「御成の間」は、北側の窓に頂部が優美な曲線を描いた華頭窓が設えられ、東山を一望できる。

中3階の茶室にある円窓のステンドグラスは桜と紅葉の意匠。
「御成の間」(※通常非公開。ホテル長楽館宿泊客は見学できるほか、イベントなどで公開)。華頭窓からは円山公園や東山を一望できる。
長楽館の名付け親、初代内閣総理大臣の伊藤博文が揮毫した扁額。
ロココ調の「密談椅子」。座るとお互いの顔が間近となる。
西洋画による各国名所が「迎賓の間」を飾る。日本は皇居正門石橋。
艶やかで重厚なロビー、階段、バルコニーなどの設えは欅材だ。

館内を堪能した澤田さんは次のように語る。

「京都の東側に位置するこの建物からは、5つの送り火のうち3つまで見られるそうです。そんなところも含め、やはりここはもてなしの館、迎賓館なのだなと改めて感じます」

明治時代、実業家の迎賓館として建てられた長楽館のロビーにて。

澤田瞳子さん(さわだ・とうこ 歴史小説家・48歳)
昭和52年、京都府生まれ。同志社大学大学院博士課程前期修了。令和3年『星落ちて、なお』で直木賞を受賞。『京都はんなり暮し』『京都の歩き方 歴史小説家50の視点』ほか著書多数。

長楽館

明治42年(1909)竣工の長楽館は、米国人のJ・M・ガーディナーの設計。外観はルネサンス様式を基調としている。重要文化財。

京都市東山区八坂鳥居前東入円山町604
電話:075・561・0001
カフェ11時〜18時30分(アフタヌーンティーは予約制。12時〜18時2名より)
定休日:不定
交通:京阪本線祇園四条駅より徒歩約10分

取材・文/平松温子 撮影/奥田高文

サライ11月号特集は『京都「美の真髄」』

 

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