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文/印南敦史

先達たちに訊く「理想の死に方」|『私の大往生』

「人生100年時代」が現実味を帯びてくる一方、50代になればおのずと「死」との距離感が近くなってもくる。

つまり、生きている時間が長くなったといいながら、一方では死とも向き合わなければないということ。だから、ある種のバランスの悪さを実感せざるを得ないわけだ。

しかも死に関しては、心得のようなものを人に聞くわけにもいかない。そこへ向かって確実に時間が進んでいくなか、この先、どんな気持ちで生きたらよいのかについての明確な答えが見つけにくいのである。

そこで、これからの数十年を生きていくうえで参考になりそうな一冊をご紹介したい。『私の大往生』(週刊文春編、文春新書)がそれだ。

 自分はどのような死を迎えるのだろうか、どのような死を望んでいるのかーー。
「大往生」を広辞苑で引くと、「安らかに死ぬこと。少しの苦しみもない往生」とあります。そんな理想的な死のかたちとは、どういうものか。
週刊文春は、人生を達観した先達たちに「理想の死に方」を尋ねる連続インタビューを掲載してきました。本書はこれをまとめたものです。(本書「はじめに」より引用)

つまり読者は、さまざまな死生観に触れることによって、自身の「死のかたち」を考えることができるのだ。

14人の語り手は、読売新聞主筆の渡邉恒雄、作家の佐藤愛子、30年間のジャングル生活を送ってきた小野田寛郎、芸人・漫才師の内海桂子、脚本家の橋田壽賀子、ノンフィクション作家の柳田邦男など多種多様。

ひとりひとりがそれぞれの立場から、「理想の死のかたち」を語っているのである。今回はそのなかから、2013年10月13日に逝去した漫画家・やなせたかしのことばを取り上げてみたい。

 俺は大往生はできないで、“中往生”くらいだよ。非常に立派に「これから俺は死ぬぞ!サヨナラッ!」って言って死ぬのが大往生じゃないか。俺は、迷いながら死んでいくから。
色々と考えてるんだけど、どういうふうに死んでいくのか、自分じゃよくわからないんですよね。若いころは、死はわりと遠いところにあったから、ロマンチックなんだよね。だけど俺くらいになると、死はすぐこのへん(と自分の腿を叩く)にいるんだよ。(本書96ページより引用)

このインタビューの初出は週刊文春2012年8月2日号。つまり死のおよそ1年前ということになるが、その時点でやなせ氏は「こんなに長く生きるとは思わなかったんだよ」と話している。

なぜなら、いちばん自分の華やかな時代に死にたいと思っていたから。若くして有名になり華やかな生活を送っていた人が、そののち仕事もなくなって惨めに死んでいく姿を見てきたため、「ああはなりたくないなあ」と思っていたというのだ。

だから、いちばん最後に華やかになって、そこで人生にさよならしたいと思っていたということ。

 自分で言うのはおかしいけど、俺の人生、だんだん良くなっちゃったんですよ。アンパンマンがアニメになったのも、六十九歳だったし。(本書101ページより引用)

そういう意味では、夢を実現させることができたと言えるのかもしれない。しかしそれでも、死ぬことは怖いと認めている。「だって、どうなっちゃうのかわからないんだもの」というのがその理由だ。

戦時中は死が非常に身近にあり、死ぬかもしれないと思っていた。だが、幸いにも戦争らしい戦争をしないで難を逃れた。九州・小倉の連隊に入れられて中国の福州に行くことになったが、そこでは戦闘がなかったのだ。

 だから本当の地獄みたいなものは知らないまま済んでしまった。何かに守られているというところはあるみたいだね。
人間、七割くらいは運だよ。だから、その運をつかむべきなんだよ。ぼんやり、ぽかんとしていたらダメ。(本書105ページより引用)

運がよかったと実感するのは、そんな経験をしてきたからだ。だからこそ、運の大切さを強調するのである。

さて、最後にやなせ氏の「大往生アンケート」のなかから、いくつかの返答を抜粋しておこう。

◼️理想の最期とは?
なかなか難しいけど、自分の一番華やかな時代に死にたいね。
◼最後の晩餐で食べたいものは?
一人だったら、たらこの美味しいやつと炊きたての白米のご飯、それだけでいい。大勢で食べるんだったら、クエ鍋。鱈にもうちょっと脂をのせたような味で、あっさりして、美味しいんだよ。
でも最後の晩餐ってなると、弱ってるからあんまり食べられないんじゃないかなあ。
◼最後の瞬間、何を思い浮かべる?
そうなってみないとわかりません。
◼生まれ変わるとしたら?
やっぱり今の商売がいいよ。
(本書111〜112ページより抜粋)

94歳で世を去ったやなせ氏が、死の数か月前に「まだ死にたくねぇよ。(やっと人生が)おもしろいところへ来たのに、俺はなんで死ななくちゃいけないんだよ」とこぼしていたというのは有名な話だ。

つまり本人は、まだまだやりたいことがあったのだろう。しかし本書のことばを追う限りでは、決して悪い人生ではなかったようにも思えるのである。

『私の大往生』

週刊文春編

文春新書

定価:本体820円+税

発行年2019年8月

『私の大往生』

文/印南敦史
作家、書評家、編集者。株式会社アンビエンス代表取締役。1962年東京生まれ。音楽雑誌の編集長を経て独立。複数のウェブ媒体で書評欄を担当。著書に『遅読家のための読書術』(ダイヤモンド社)、『プロ書評家が教える 伝わる文章を書く技術』(KADOKAWA)、『世界一やさしい読書習慣定着メソッド』(大和書房)、『人と会っても疲れない コミュ障のための聴き方・話し方』などがある。新刊は『読んでも読んでも忘れてしまう人のための読書術』(星海社新書)。

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