文/印南敦史
『独学のススメ-頑張らない! 「定年後」の学び方10か条』(若宮正子 著、中公新書ラクレ)の著者は、「世界最高齢プログラマー」。60歳まで銀行員として働いたのち、定年後はパソコンを独自で習得し、同居する母親の介護をしながらスキルを磨いていったという人物である。
定年後に“超我流”でつくったゲームアプリ「hinadan(ひなだん)」が米マイクロソフトや米アップルに注目され、以後は国際的な会議に招かれたり、政府の「人生100年時代構想会議」の最年長メンバーに選ばれるなど、82歳から人生が激変したのだという。
つまり本書においては、そうしたバックグラウンドを軸として、定年後の「独学」を勧めているわけだ。
とはいっても著者のいう「独学」は、一般的なそれとは別。「教室に通うか」「先生に習うか」ということとは意味が違うというのである。
「独学」とは、勉強する本人が主体性を持って、自分で「なにを学ぶか」「どのようにして学ぶか」を決めて勉強することなのです。
人間誰しも、楽しいことは長続きします。まずは「あなたが学んでみたかったこと」「あなたにとって楽しいこと」から始めてごらんになってはいかがでしょうか。(本書「はじめに」より引用)
事実、著者のプログラマーとしての活動も、すべて「がんばらない独学」から始まったのだという。
楽しいこと、好きなことに飛び込んでみれば、少なからずなにかが変わることになる。つまりは「やりたいことがない」という悩みなど、行動してみればすぐに消え去ってしまうわけだ。
ところで著者は本書において、「ノルマは課すべきではない」と断言している。なにかを勉強しようということになると、人は「1日3ページは進めよう」などと、まずはノルマを決めようとしがちだ。量や時間で管理した方が、上達できると考えるからなのだろう。
しかし、それはあまり意味がないというのである。理由はシンプルで、ノルマを決めた時点でそれは義務になってしまうから。やりたくなかったとしても、「ノルマがあるからやらなければ」と思うようになってしまいがちだということだ。
たしかに、ノルマのために嫌々やるのであれば、本質的な部分に矛盾が生じてくることになる。
ノルマを決めなくたって、やりたい気持ちがあれば自然に手をつけられるはず。それがいわゆる勉強の類いだったとしても、です。無理矢理自分を追い込まなければやらないようなことは、そもそもあなたがやるべきことではないのかもしれません。(本書68ページより引用)
日本には、厳しく自分を追い込んで達成することが偉いとみなされるような風潮がある。だが、60分間ぶっ通しで学習すれば効果が高まるというものでもないはずだ。事実、休憩をはさんで15分ずつ学習したほうが記憶が固定されるという研究結果もあるという。
また、同じように気をつけるべきがスケジュール。自分で立てたスケジュールに縛られ、「次はあれをやらなきゃ」と時間に追われて過ごしたのでは本末転倒。そんな状態では、長続きしなくて当然だということである。
ちなみに著者は「日課はなんですか」「1日にこれをやると決めていることはありますか」と聞かれることがあるそうだが、そういうものはまったくないのだそうだ。
週のなかで同じようなスケジュールの日は1日としてなく、出張や旅行で飛び回っている状態。起床の時間も寝る時間も決めていないというゆるさである。
日々の生活の中で、「これだけは必ずやる」などと決めていることがないんです。自由気ままに、独居生活を謳歌しています。できるときに、やりたいことをやる。それが、体と心の健康に一番いいのだと思います。(本書72ページより引用)
ただし、ノルマはなくていいけれども、やりたいことの目的は決めておいたほうがいいと主張する。「なんのためにやるのか」ということを、考えておくべきだということ。しかも重要なポイントは、そのことを思い浮かべたとき、心がワクワクしてくるようななにかを目的にすること。
たとえばプログラミングを始めたとき、著者は「お嬢さまのゲームをつくる」と明確に決めていたという。同じように、英語を勉強するなら、「海外旅行で、現地の人と会話をしてみたい」「洋画を字幕なしで観てわかるようになりたい」というようなことでいいというわけである。
一方、「TOEICで800点以上取りたい」というようなことは、目的ではなく目標。個人的にそれで満足できるのならいいだろうが、会社で評価されるからとか、人に自慢できるからというように「人の目」を気にしているのであれば、それは違うということだ。
目的は、ひとそれぞれ。だからこそ、独学に挫折はないんです。ピアノだったら、なにもコンクールで入賞するなんて目標を掲げなくてもいい。「ピアノを弾いてみたい」という気持ちで始めたなら、両手で弾けるようになっただけで大成功です。(本書73ページより引用)
たしかにそう考えてみれば、とかく難しく考えてしまいがちな独学も、ずっと身近なものになるかもしれない。
『独学のススメ-頑張らない! 「定年後」の学び方10か条』
若宮正子著
中公新書ラクレ
定価 本体820円(税別)
発行年2019年5月
文/印南敦史
作家、書評家、編集者。株式会社アンビエンス代表取締役。1962年東京生まれ。音楽雑誌の編集長を経て独立。複数のウェブ媒体で書評欄を担当。著書に『遅読家のための読書術』(ダイヤモンド社)、『プロ書評家が教える 伝わる文章を書く技術』(KADOKAWA)、『世界一やさしい読書習慣定着メソッド』(大和書房)、『人と会っても疲れない コミュ障のための聴き方・話し方』などがある。新刊は『読んでも読んでも忘れてしまう人のための読書術』(星海社新書)。