取材・文/わたなべあや
夏になると庭を彩る花の種類もぐっと少なくなり、少し寂しい気がします。しかし、朝顔があれば話は別。実は、いま、第4次朝顔ブームの到来と言われていて、大人が趣味で楽しむ朝顔が人気なのです。
なかでも注目したいのは、「変化朝顔」。従来の楚々とした朝顔のイメージとは異なる豪華な朝顔です。朝顔研究の第一人者、九州大学大学院 理学研究院の仁田坂英二(にたさか・えいじ)准教授にお話を伺いました。
江戸時代から続く朝顔の歴史
「朝顔は英名《ジャパニーズ・モーニング・グローリー》と名付けられています。しかし、ジャパニーズと付くものの、朝顔は日本原産の植物ではなく中南米原産で、そこから世界中に広まりました。
日本には、奈良時代に中国から入ってきたという記録が残っています。その頃は、小さな丸く青い花をつける植物だったのですが、江戸時代になると、斑入りの葉や変わった色や形の花をつける遺伝子が変異した朝顔が登場し、一大ブームが巻き起こったのです。当時の人は、受粉のしくみやメンデルの法則など知る由もなかったのですが、種子でしか増やすことができない朝顔の高度な栽培技術を駆使し、原種の姿とはまったく異なる、華麗な変化朝顔をつくりあげてきたのです」
江戸時代、そして現代の朝顔ブーム
「江戸時代・文化文政期になると、多様な変異が発見され、第一次ブームが到来しました。この頃の人は、他の草花においても変わったものを好む傾向にあり、変異した朝顔にも興味を持ったのです。
より変わった朝顔を探求した結果、江戸時代末期には朝顔の原種とは似ても似つかない朝顔が登場し、栽培熱は非常な高まりを見せました。これが朝顔の第二次ブームです。
明治期に入ると、朝顔の栽培ブームは一時衰退しますが、中期以降、日本各地に残っていた種が集められ、愛好会が結成され、朝顔ブームが再燃。この頃から、ただ観賞するだけでなく、優劣を競い合う品評会も熱を帯びてきました。これが第三次ブームです。
そして時を経て1999年、千葉県佐倉市の国立歴史民族博物館くらしの植物苑で、特別企画『伝統の朝顔』展が開催されたことを契機として、人々が徐々に変化朝顔のことを知るようになり、現在に至る第四次ブームが始まりました」
変化朝顔の種類
「江戸時代の愛好家は、変わった朝顔を血眼になって探したといいます。時代が変わり、現代人の心をも虜にする変化朝顔。一般的な種子を結ぶ朝顔は正木(まさき)と呼ばれるのですが、変わった形の変化朝顔は種子を結ばない変異を持ち、出物(でもの)と呼ばれます。
大部分の変化朝顔は、遺伝子が壊れたことにより劣性変異が生じ、花の色や形、葉形や葉質、蔓にさまざまな変化が生じます。こうした変化は、朝顔の遺伝子の研究が進み、「動く遺伝子」と呼ばれるトランスポゾンが変異の原因になっていることが明らかになりました。
トランスポゾンの影響で遺伝子が壊れると、決められた場所に正しい器官を作ることができなくなるため、多彩な形の朝顔ができるのです。例えば、「獅子」や「笹」という変異を持った朝顔は、花や葉の裏がなくなって両面が表になっています。
ただし、変化朝顔は出物のため種子を結ばないため、正木のように種をまいたら必ず咲くというものではなく、一部が変わった形の出物になります。そのため、変異の遺伝子が隠された種子を残し、世代を重ねて栽培することで、出物の変異を保存するということが続けられてきたのです。開花した花だけでなく、花と葉、蔓の組み合わせの妙も楽しめます」
知っておきたい変化朝顔3選
「朝顔の観賞用の品種は、《大輪朝顔(大輪咲き)》と《変化朝顔(変化咲き)》に大きく分けられるのですが、さらに《変化朝顔》は主に次の3種類に分けられます。
1.獅子咲牡丹(ししざきぼたん)
獅子という変異に『打込1』や『管弁化(かんべんか)1、2』など複数の変異が加わって完成した朝顔です。強く抱え込んだ龍の爪に似た葉の形状、花弁は風鈴という、筒状で先端が折り返すような形状をしています。
この獅子咲牡丹のなかにも、さらにいくつかの品種があり、細い紐のような花弁の管弁流星獅子咲牡丹は、実に華やか。
2.車咲牡丹(くるまざきぼたん)
江戸時代末期の第2次ブームの図版にも多数登場する朝顔が『台咲牡丹』です。花筒(はなづつ)が途中から飛び出して台咲(だいざき)になっていて、更に『牡丹』変異が加わることで雄しべや雌しべが花弁に変化し、中央から噴き上げます。
そして、『立田』が入ることで、花弁が切れ込み、台の部分がくっきりと現れたものが車咲で、これに『牡丹』変異が入ることによって花弁が鳥甲(かぶと)という形に変化しています。
3.采咲牡丹(さいざきぼたん)
花弁が細く切れ込んだ様を、武将が戦場で用いた指揮具『采配』に見立てて『采咲』と呼んでいます。葉や花弁が細くなる『柳』という変異を持つ朝顔で、縞状の吹雪模様の花弁が美しい朝顔です。
『柳』に『柳』が加わることで、花弁や葉が糸にように細く変化した、繊細な美しい朝顔です」
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以上、朝顔研究の第一人者、九州大学大学院 理学研究院の仁田坂英二先生に、変化朝顔のポイントについて伺いました。夏の朝、早朝からほんのひとときだけ咲く朝顔。その儚くも美しい姿に加え、変化朝顔は希少性もあるため、人々の心を虜にしてきました。底知れぬ変化朝顔の深い世界、いちど覗き込んでみてはいかがでしょうか。
ちなみに今夏、千葉県佐倉市にある「国立歴史民族博物館くらしの植物苑」では、特別企画『伝統の朝顔』を開催。大輪朝顔や変化朝顔、約100系統、約700鉢が展示されます。交配や育種法、朝顔研究史のパネル展示に加え、栽培家による版画を用いた「朝顔会報」の成り立ちや特徴についても知ることができます。朝顔の魅力に触れることができる、またとない企画展です。
【展覧会情報】
《伝統の朝顔》展
会期:2018年7月31日(火)~9月9日(日)
会場:国立歴史民俗博物館 くらしの植物苑
住所:千葉県佐倉市城内町 117
TEL:043・486・0123
開苑時間:9時30分~16時30分 (入苑は16時まで)
※開花の特性上、午前中の早い時間が見ごろです。
休苑日:毎週月曜日(祝日の場合は翌日休苑)
※ただし、8月13日(月)は開苑
※8月25日(土)10:00~仁田坂英二先生の朝顔観察会が開催されます。
https://www.rekihaku.ac.jp/exhibitions/plant/index.html
取材協力/仁田坂英二(にたさか・えいじ)
1962年大分県日田市生まれ。九州大学理学部生物学科卒業。九州大学大学院医学系研究科分子生命科学博士課程修了(理学博士)。九州大学大学院理学研究院生物科学部門准教授、文部科学省ナショナルバイオリソースプロジェクト「アサガオ」代表。幼少期から動植物の栽培に親しむ。小学校高学年の時に出会った変化朝顔をライフワークとし、アサガオの系統保存、形態形成遺伝子、トランスポゾンの研究を行っている。
取材・文/わたなべあや
1964年、大阪生まれ。大阪芸術大学文芸学科卒業。2015年からフリーランスライター。最新の医療情報からQOL(Quality of life)を高めるための予防医療情報まで幅広くお届けします。