友人からの誘いを「仕事なの、ごめんね」と断る優越感
恵美子さんが退職した当時は、「何もせず、悠々自適な老後」がスタンダードだった。実際にやろうと思えばそれなりの蓄えはあったという。
「私は子供がいないから、お金が貯まるんです。兄の話を聞いていると、子供の学費は想像以上にかかる。兄のところは、上の子が私立大学、下の子が医療系の専門学校だったんだけれど、それぞれの学費も含めた諸々の諸経費が年間200万円以上かかったと言っていました」
兄は大手企業に勤務していたが、それでも教育資金が不足したという。そのとき、兄の妻は英語塾の講師になり、現在もそのまま働いているという。
「私の場合、子供がいないから、その学費分が手元に残っているのです。兄の妻は私と同じ年なんだけれど、彼女も英語塾で週に1回程度働いているんですよね。私たちはよくLINEをするんですけど、“仕事をやめて誰からも必要とされないことが本当に怖い”ってよく話しています」
独身だから認知症への恐怖もあったという。
「私はズボラだから、きっと定年退職したら、ずっとテレビとかドラマを見て1日が終わっていたと思います。世話をする家族もなく、そのうちなにもかも面倒になり、怠惰な生活をしているうちに認知症を発症して、孤独死していたような気がするんです。でも働いていればそうはならない気がして。“誰かが待っている”と思うから、痛い腰や膝を奮い立たせて職場に行く。行けば行ったで楽しいから、仕事をして帰宅する。疲れ切っているからすぐに眠れるし、ご飯も美味しい」
当然、嫌なことはたくさんある。利用者さんから体を触られたり、「オマエはブスだ。食べさせる飯はまずい」と言われたこともあった。
「それでも、前の職場のハラスメントに比べればいいかな、と思って流しています。嫌な経験をしていると、いろいろ寛大になれるのも仕事のいいところ。あとは、友達とのお誘いを断る口実になるんですよ。今の私の年齢はみんな元気で暇を持て余している。だからランチだ、旅行だとお誘いが来るんです。先日も友達から、“いい旅館の予約が取れるの。土日は1泊8万円なんだけれど、平日は5万円なの”なんてお誘いが来たんですよ。5万円っていったら、私にとっては大金だし、あったら別のことに使いたい。そういう誘いが来ても“仕事なの、ごめんね”と断れる」
それは恵美子さんのプライドにもなっている。仕事があるというのは、社会から必要とされている証でもある。仕事をしていないがお金を持っている相手に対して、「仕事なの。ごめんね」と断る言葉に、優越感がにじみ出ることもあるという。
【一生働くには、休みの時期を作らないこと……その2に続きます】
取材・文/沢木文
1976年東京都足立区生まれ。大学在学中よりファッション雑誌の編集に携わる。恋愛、結婚、出産などをテーマとした記事を担当。著書に『貧困女子のリアル』 『不倫女子のリアル』(ともに小学館新書)、『沼にはまる人々』(ポプラ社)がある。連載に、 教育雑誌『みんなの教育技術』(小学館)、Webサイト『現代ビジネス』(講談社)、『Domani.jp』(小学館)などがある。『女性セブン』(小学館)などにも寄稿している。