「家賃が払えなくて、どうすればいいかわからない」
麻央さんは控えめで優しい人だというが、客観的に見ると、かなり図々しい。美保子さんの家に来て、棚にある本や無造作に置かれているブランド品を見ては「これはフリマアプリで売れるわよ」などと値踏みする。
「いいな~、いいな~」と繰り返すので、金払いのきれいな美保子さんが「あげるわよ」と言うと、少女のように喜んだという。母の形見のリモージュのティーセットが埃かぶっているのを見ると、「素敵ね。こんなのでお茶を飲んだらさぞかしいいでしょうね」などと繰り返した。
「さすがに母が大切にしていたものなので、あげられないというと、あからさまにがっかりした表情をしたんです。それで理由を聞くと、“家賃が払えなくてどうしていいかわからない”と言ったんです。私はこの日本に、そんなにお金が困っている人がいると思うことに驚きました。とりあえず、その日は10万円を渡したんです」
その後、麻央さんは「この前はありがとう」と手作りのクッキーや総菜を持ってくるように。しかし、安い甘味料を使った煮物や、植物性油脂を使った焼き菓子は美保子さんの口に合わず、処分していたという。
「その後も、家賃、主人の借金の返済、ご主人の病気の治療費などの名目で10万円、20万円とお金を渡していました。それが200万円になったころに、テレビで“パパ活詐欺”のニュースをたまたま見たんです。“これって、麻央さんと同じだ”と思って距離を置くことにしました」
パパ活詐欺とは、8月23日に自称店員の渡辺真衣容疑者(25)が詐欺幇助の疑いで逮捕された報道を指している。渡辺容疑者は、『頂き女子の参考書~お金を頂くための設定と極秘会話法~』を作成。このマニュアルはターゲットとなる男性の恋愛感情を利用し、肉体関係を持たずに一度に数十万から数百万円を得ることを目的としている。実際にこれを使用して、愛知県中区の女(20歳)が詐欺罪で起訴されたことが、渡辺容疑者の逮捕につながった。
「そのマニュアルには、“家賃が払えない”“家族に不幸を抱えている”“体調が悪くて働けない”など理由をつけて、男性からお金を巻き上げる方法が書いてありました。それ、すべて麻央さんにも当てはまるんです」
あるとき、美保子さんは麻央さんに「今からあなたの家に行きたい」「ご主人をレストランでの食事会に招待したい」などと強く誘うと、なんだかんだと理由をつけて断って来た。
「さらにしつこく誘うと、“いい加減にしてください!”とLINEをブロックされてしまい、それっきり。昔と違って名刺交換して住所を教えるなんてことはありませんから。それに、麻央さんと知り合ったのは、地元の人々をマッチングするサイトです。主宰者も連絡先を知らないし、200万円くらいなら勉強代だと思っていますけれど、さみしいです」
美保子さんは麻央さんがいなくなってから、無気力になってしまい、再び占い師にハマってしまった。しかし今は、ワインサークルのゆるい輪の中に入って、薄く社交を楽しんでいるという。
家事手伝いのまま、60代になってしまったという美保子さんのような人は、意外と多い。その背景にいじめがあることも多く、やはりいじめは長い後遺症に悩まされる暴力だと改めて感じた。
また、美保子さんに限らず、仕事や結婚などで人間関係に揉まれている人であっても、相手の喜ぶ顔を見たり、目の前で困っている人に手を差し伸べたくなってしまうものだ。
今後、友達関係での詐欺も増えていくだろう。これは自己責任などの問題ではなく、社会全体が抱える不安が表に現れているとも考えられる。詐欺もまた心に深い傷を残す。社会全体の不安がどこに向かっているのかを、考えながら生きる時代はもう来ているのではないだろうか。
取材・文/沢木文
1976年東京都足立区生まれ。大学在学中よりファッション雑誌の編集に携わる。恋愛、結婚、出産などをテーマとした記事を担当。著書に『貧困女子のリアル』 『不倫女子のリアル』(ともに小学館新書)、『沼にはまる人々』(ポプラ社)がある。連載に、 教育雑誌『みんなの教育技術』(小学館)、Webサイト『現代ビジネス』(講談社)、『Domani.jp』(小学館)などがある。『女性セブン』(小学館)などにも寄稿している。