取材・文/沢木文
本連載では、最近増え続ける「熟年離婚」をテーマに当事者を取材をしていく。
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結婚期間30年目、コロナ禍真っただ中の2020年に妻と離婚した正治さん(仮名62歳・元商社勤務)。離婚の発端は、妻が掃除をしないこと。正治さん夫婦には、28歳の息子がいる。
【これまでの経緯は前編で】
40代はほとんどを出張で過ごした
正治さんは妻の強い希望を受けて、結婚5年目に都内に家を買う。
「最初の半年は家もキレイだった。しかしすぐに汚くなった。掃除すると怒られるのでできない。でも息子の部屋だけは掃除していました。家で私が洗濯をすると“私へのあてつけ?”と怒られるので、息子のシーツや枕カバーを近くのコインランドリーで洗っていました。それにもうゴミとホコリの積もった家ではくつろげない。早く仕事が終わっても、残業したり寄り道したりして、遅くに帰っていました」
家が汚いから、帰りたくない。そんな期間が30年近く続いていた。
「仕事も忙しかったからよかったんです。当時“家に帰りたくない”ことは、出世にもプラスに働きました。僕は総合商社の水産部門にいたので、やれ釧路だ、佐渡だ、石巻だ……と全国を飛び回っていた。家にいたくないから年間の2/3以上は出張している。帰るたびに息子のリネン類を洗っていました」
息子が中学生に進学した40代半ばに、離婚を打診したことがある。
「僕が生理的に無理な“三角目の怒る顔”をして、その後“離婚したくない”と泣き出したんです。これをされると、もうダメ。手も足も出ない。辛いけれど僕がガマンすればいいと思ってしまう。僕が浮気でもできればよかったんですけれど、それも苦手。おそらく僕は、女の人全般が苦手なんです。近寄ってきて奪おうとする人が多い。お金と言うよりは、時間、注意・歓心、“私のことを察して”というあの感じとかね」
弁護士にも相談した。しかし、離婚の理由に「妻が掃除しない」となると、高額な慰謝料を払わねばならないと言われた。
「当時は、そんな荒唐無稽な理由で離婚はできませんよと言われてしまったんですよね。それはガマンすべきことなんだと。“あなたが掃除すればいい”とも言われました。それでこの問題における心のシャッターを下ろしてしまった」
【息子の結婚とコロナ禍で、「もう自由にしてくれ」と思った。次ページに続きます】