古舘 伊知郎(フリーアナウンサー、71歳)

─実況モンスターこと、言葉の格闘家─

「段取りをこなす“司会者”と段取りのない“喋り屋”を行き来する」

平成31年4月に立教大学経済学部客員教授に就任した古舘伊知郎さん。教壇に立って今年で8年目、この日も大教室を埋め尽くした学生たちに熱弁をふるう。

──立教大学の教壇に立って8年目です。

「因果は巡ると申しますか、これは教えているというより、学び直しですね」

──因果は巡る? 学び直し?

「私が立教大学に入った頃は、まだ学生運動盛んなりし時代で、大学がロックアウトで授業中止になることたびたび。こっちはノンポリだったので、学生運動の連中を横目にアルバイト三昧。大学にバイトをしに行っていたようなもので、学んだ実感もありません。人間、しっかり学ぶ時間は必要なんですね。あのとき4年間で学ばなかったぶん、今、学びなさいと言われているのでしょう。これも因果、教壇に立ち続けるために、8年の間ずっと、必死に学び直しています」

──授業は、言語をめぐる専門的な内容でありながら、熊が登場したり、笑いが漏れたり。

「予め授業の準備をして臨みますが、どう展開するかは、その場の雰囲気で決めています。今日は、30数年前の“熊とのニア遭遇”の話をしましたが、今の話題と授業を接続するという意図もありますし、人間の都合で熊を捕らえすぎているんじゃないかという現代社会への警鐘の意味も込めています。熊がこうして里に下りてくるのは、人間の振る舞いによる因果応報なところもありますから」

──自由自在な喋りですが、それは昔から?

「寡黙な父とお喋りな母、6つ上の姉の4人家族で、末っ子の私は家族中から、無口で引っ込み思案で気が弱いと決めつけられていました。小中学校時代の友人に聞いても、無口で大人しかったという印象しかないようです」

──とても意外です。

「外国人レスラーの名前を全部言えるような少年だったのですが、今思い返すと、土曜日の半ドンの日には、母親と言葉のラリーをしているんですよね。母は大のハリウッド好きで、俳優の名前を丸暗記していました。“トランジスタ・グラマーならばジーナ・ロロブリジーダ”と母が言えば、“それを言うなら人間発電所ブルーノ・サンマルチノ”と私が返す。だったら“タフガイのロバート・ミッチャムはどうだ”と母が言い、こっちは“金髪の爆撃機ジョニー・バレンタイン”を持ち出す。ふたりして昼食を食べながら、俳優とプロレスラーの名を早口で交互に言い合っていました」

──「言葉の格闘家」の姿が垣間見えます。

「でも家族の中では相変わらず“無口な伊知郎”の扱いで、自分もそう思い込んでいました。覚醒したのは立教高校時代です。昼休み、チャペルの中庭でプロレス大会をするのが恒例で、腕っ節の弱い私は実況担当。ところが遊びがエスカレートして、あるとき流血騒ぎになった。150人の観客を前に何かが目覚めたんです。“さあ、どうなる! チャペルの鐘の塔を血みどろに染め上げて、これは果たして宗教的に正しいのか”とまくし立てたら受けた。逆上がりが初めてできたときの地球がぐるっと回転したような感覚です。このときの人混みに、1年下の佐野元春さんとか、ひとつ上のルー大柴さんもいた。この実況で、周りからアナウンサーに向いていると言われてその気になって、今ですよ」

入社1年目で『ワールドプロレスリング』中継を担当。「おおっと!」の名フレーズで始まる古舘節で、約10年間、リングサイドからプロレスを盛り上げた。

「トークライブは小細工なしの“出会い頭”が面白い」

──友人のひと言からアナウンサーへ。

「大学在学中に、アナウンススクールにも通ったりなんかして、もう一直線です。だからテレビ朝日に入ったときは、それは嬉しかったですねぇ。でも冷静に考えれば、見てくれがいいわけでも声がいいわけでもない。突出したものが何ひとつない。劣等感の塊です。じゃあどうするか。喋りで圧倒するしかないと、ここで覚悟を決めるわけです」

──古舘節が生まれていくわけですね。

「ところがそんな簡単じゃありません。ラジオじゃないのに喋りすぎだ、うるさい、と散々言われました。若手の頃は中継でも失敗をやらかしています。新人の年に東京国際女子マラソンの中継チームに抜擢されてこれが上手くいった。2年目は重要な折り返し地点を任され、半日以上かけて周辺を歩き情報を仕入れました。で、本番です。“ここら辺りは元花街の粋な界隈であります。湿潤な臭いというものが、夕暮れ時になると漂ってまいります。かつて魚河岸で賑わっておりました……”と悦に入っていたら、横から肘で突かれた。ハッとコースに目をやると、先頭集団はすでに折り返して見えなくなっていました」

──古舘さんでもそんな失敗があるのですね。

「だいたい私は、マイナスがエネルギーであり、マイナスがサプリメントなんです。劣等感や失敗がエンジンになる。今でもそれは変わりません。だいたい私、アナウンサーの正統派じゃありませんからね」

──そんなふうに見えません。

「『NHK紅白歌合戦』のような国民的番組の司会をやったり、『報道ステーション』のような硬派の報道番組のキャスターをやったり、かと思えば、F1の実況中継に『おしゃれカンケイ』のようなトーク番組の司会と、テレビの陽の当たる道を歩いてきましたので、正統派だと勘違いされることがありますが、私はずっと邪道です。“本物の邪道”だと事あるごとに口にしているくらいで、自分でも司会業なのか喋り専門なのか判然としない。脳の中に、段取りをこなす司会者と、段取りをあえてしない喋り屋とが住むふた部屋があって、そこを高速で行き来しています」

──ゲストを招く、トークライブは司会兼喋り屋ですか?

「じつは、喋り屋一辺倒です。相手あってのトークライブは小細工なしの出会い頭が面白いですから。始まる直前にゲストに挨拶することはありますが、打ち合わせはいっさいなし。起承転結の構成や台本もなし。事前準備はいつ何時も大切で、これは聞きたい、あれを聞きたい、という食材だけはかき集めます。でもメニューは決めません。何の料理ができるのか、本人もわからない。脳という冷蔵庫に食材を放り込んで、相手や会場の空気を察知しながら、瞬時に取りだし料理する。冷蔵庫の隅から予期せぬ食材──たとえばレモンが出てきたらしめたもの。途中で冷蔵庫が空になって冷や汗をかくこともありますが、それも含めてライブです」

トークライブ会場での古舘さん。「生意気いうと、トークライブは達人同士のジャズセッション。ただし毎回、冷や汗をかきまくっていますが」

──客の反応は気になりますか?

「基本は、目の前の人を楽しませたい。それしかありません。立教大学の講義でも、自分のYouTube番組でも“楽しませたい”が先に来ます。もちろん、スベることもありますが、大谷翔平選手だって毎回本塁打を打つわけじゃない。言ってみれば、ホームランは日々の空振りが支えてるわけです。私のスベリも明日のホームランの布石と思えば、前に進めます。とはいえここには、70歳を過ぎてもホームランを打ちたい、ウケを取りたいという自意識過剰な私がいるわけですが」

──今日のゲストは神田伯山さんでした。

「講談師の伯山さんは伝統話芸の講談という確固たる核がある。向こうが“固体”ならばこっちは“気体”、風です。客とゲストとの間を風となって移動するしかない。客次第で風向きも変えないといけません。伯山さんは遠い親戚なので、遠慮せずに言いますが、彼の揺るぎのない芸に嫉妬します」

『丸の内コットンクラブ』で開催されたトークライブ「古舘と客人と」。この日のゲストは講談師の神田伯山さん。台本なし、打ち合わせなしで2時間弱、客席を笑いの渦に巻き込んだ。
ひたすら喋りっぱなしのトークライブを終え、静かにメイクを落とす古舘さん。やりきった安堵からなのか、さっきまでの「闘う男」の雰囲気は消え、柔和な表情に変わっていた。

──会場は古舘さんの喋りで沸いていました。

「私の喋りを話芸と言ってくださる方もいて、そのときは有頂天になるけれど、完成だと思ったら終わりなんですよ。だってここが頂点だとふんぞり返っていたら、老いという名の下り坂を猛スピードで転げ落ちますから。70歳を超えて、人生のカウントダウンが始まっているわけです。人生の終わりは必ず来るし、知力も体力も減少し続けています。人生下り坂ですから、登っていこうと思ってようやく道が平らになる」

「70を過ぎても成長したいから、つねに“ひとり反省会”」

──いつまでも上を目指したい。

「実際にトークライブでも“完璧だった”と思ったことが一度もありません。もし第三者に褒められたとしても、お世辞じゃないかと疑ってしまいます。どんなに拍手喝采で盛況の会であっても、あそこは良かったけどここはだめだった、ああすれば良かった、と終わるたびにうじうじと“ひとり反省会”を開催しています。言ってみれば、“今日の穴掘り”。根が暗いんでしょうね、どうすれば良かったのかと原因を求めてひたすら穴を掘り、その穴の底に潜って、あれこれ考える。穴を掘れるということは、まだまだどん底じゃないぞと自分を慰めたり」

──壮絶な反省会です。

「この年になっても、成長したいんでしょうね。伸びしろが自分にあるという話じゃありません。欲深いんです。もっと上に行きたいとずっと思っている。煩悩だらけで欲まみれ。おまけに嫉妬深い。だから仏教を学ぶことで、バランスを取っているのかもしれませんし、自己の観察が面白いといえます」

立教大学のシンボル「チャペル」(立教学院諸聖徒礼拝堂)にて。「両親はクリスチャンですが、私はむしろ仏教にはまっています。教会で話す話題じゃないですが」

──自己を観察する。

「幼稚園の頃、祖母に“リンゴは皮と果肉の間がおいしいから一緒に食べるといい”と言われ、抵抗がありました。だって皮でしょ? 小学4年生の遠足で海に行ったのですが、寄せては返す波を見ているうちに、固定された海岸線がないことに気づいた。皮と果実の間が曖昧なのと同じだと腑に落ちた。大袈裟な言い方をすると悟ったんです。この年になって思い出したのは、境界が曖昧ならば、固定された自己もいないということに気づいたから。言い方を換えれば、自己は変わりゆくものだし、変わっていい」

──健康維持に関してはいかがですか。

「ちょっとした合間に、スクワットをしたりしていますが、ジムに通うような本格的な鍛錬はしていません。お酒も飲みますしね。ただ、炭水化物を控えるとか、総カロリーを気にするとか、そういう節制はしています。

これには理由があって、小学生の頃、肥満児だったんです。高学年の頃になると、近所の洋品店にサイズの合う服がなくて、隣町の池袋の西武デパートに母親と一緒に行った記憶があります。子ども服売り場に『肥満体コーナー』と掲げた一角があって、そこで買って貰っていました。この頃植え付けられた、太っちゃいけないという強迫観念が、今の体型維持に繋がっているのかもしれません」

──強迫観念が強い。

「上を目指すのをやめたら転がり落ちるとか、満足したらだめになるとか、完成だと思ったら終わりだとか、人生、強迫観念だらけです。

私の好きな仏教の言葉に、“一日一生”という教えがあります。朝生まれ、夕に死ぬ。その連続が人生であると。だから毎日、生まれ変わったと思って一生懸命生きる。不器用な私は、そうやって前に進んでいくだけです」

古舘伊知郎(ふるたち・いちろう) 
昭和29年12月7日、東京生まれ。立教大学経済学部卒業後、昭和52年テレビ朝日にアナウンサーとして入社。“古舘節”のプロレス実況で人気を博す。昭和59年フリーに転身、F1実況や『夜のヒットスタジオDELUXE』司会など一世を風靡。平成16年より12年間、『報道ステーション』キャスターを務めた。12月にライフワークである「トーキングブルース」を開催予定。

取材・文/角山祥道 撮影/湯浅立志

 

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