杉谷善住坊による信長暗殺未遂事件の現場といわれる滋賀県東近江市の「杉谷善住坊の隠れ岩」。
(写真/公益財団法人滋賀県文化財保護協会提供)

『豊臣兄弟!』では、「金ケ崎の退き口」(第14回)、「姉川の戦い」(第15回)と、織田軍と朝倉・浅井軍の攻防が2週続けて描かれました。金ケ崎から信長(演・小栗旬)が京都に帰還したのが元亀元年(1570)4月30日。姉川の戦いは6月28日です。『豊臣兄弟!』第15回で、信長が「(明智十兵衛光秀は)岐阜へ戻る途中わしをかばって撃たれたのじゃ。浅井の裏切りに併せて立ち上がった姑息な六角の仕業よ」と言っていたのは、5月に信長が京から岐阜に向かう際に起きた「信長暗殺未遂事件」のことです。事件の顛末が書かれているのは、『信長公記』です。

金ケ崎から信長が帰還した4月30日ですが、『信長公記』には、信長は態勢を整えて5月19日に京から岐阜に向かったこと、浅井長政が鯰江城(なまずえじょう/滋賀県東近江市)に軍勢を配し、さらに市原郷(滋賀県東近江市付近)で一揆を起こさせ、信長の行く手を阻もうとしたことが記述されています。この事態に、六角氏の重臣だった蒲生賢秀らが信長のために奔走して、千草峠の道を通って岐阜に向かうことになったことが記されています。千草峠は現在の滋賀県から三重県に抜ける道ですが、ここが暗殺未遂事件の舞台となります。

『信長公記』には、「杉谷善住坊と申す者、佐々木左京大夫承禎に憑(たの)まれ、千草山中道筋に鉄炮を相構え、情けなく十二・三間(※)隔て信長公を差付、二つ玉にて打ち申し候」と鉄炮で信長を狙ったことが記されているのです。十二・三間ということは、およそ20mの距離ですが、杉谷善住坊は打ち損じてしまいます。

「鹿」=「信長」という隠語

この事件を扱った唯一の大河ドラマが1978年の作品『黄金の日日』です。主人公は呂宋助左衛門(るそんすけざえもん)。ルソンまで渡航するなど、世界を股にかけた商人で、市川染五郎さん(6代目、現2代目松本白鸚)が演じました。原作は城山三郎さん。脚本は市川森一さんという錚々たる面子で、『新選組!』『真田丸』『鎌倉殿の13人』という3作で脚本を担当している三谷幸喜さんが、劇作家になるきっかけとなった作品だと公表している作品になります。

『黄金の日日』第6回。近江・甲賀の地にある六角承禎(ろっかくじょうてい/演・奥村公延)の屋敷での場面になります。そこに堺の会合衆の今井宗久(演・丹波哲郎)の放蕩息子今井兼久(後の宗薫/演・林隆二)とともに鉄炮撃ちの名手といわれる杉谷善住坊(すぎたにぜんじゅうぼう/演・川谷拓三)、さらには石川五右衛門(演・根津甚八)までいます。

杉谷善住坊が標的に向かって鉄炮を放つと、標的の中央を弾が貫通します。それを見た六角承禎は、「おお、お見事! まさに百発百中。堺から呼び寄せられただけのことはある」と善住坊の力量を絶賛します。

今井兼久「この者の腕前は天下一でございまする」

六角承禎「天下一の鹿を討ち取るにはふさわしい腕前だ」

今井兼久「鹿は必ず千草越えをいたしましょうか」

六角承禎「鹿の通る道はほかにはござらぬ」

どうやら「鹿」=「信長」という隠語でのやり取りで、彼らは信長(演・高橋幸治)の暗殺計画を立てていたというわけです。善住坊は信長暗殺のために千草峠に向かいますが、ここからが大河ファン必見の場面になります。以降、緊迫した数分間、善住坊の一挙手一投足がほぼ無言で、「射損じるかよ、この俺が」という独り言の台詞のみ。まさに手に汗握る展開となるのです。

そして、信長が峠道を騎馬でやってきます。善住坊が引き金を引こうという瞬間、次週につづくという「鬼演出」。1978年、リアルタイムで視聴していた大河ドラマファンは、1週間やきもきしたことでしょう。特筆すべきは川谷拓三さんの怪演なのです。

鋸引きという残忍な刑罰

信長暗殺を企てた杉谷善住坊ですが、隠遁生活を送った後に、捕縛されます。

『信長公記』には、「たてうづみ(立埋み)させ頸を鋸にてひかせ、日比(ひごろ)の御憤を散じられ」と、鋸引きの刑に処せられたことが記されています。『黄金の日日』第21回では、善住坊が生きたまま土中に埋められ、首だけが露出した状態で、往来する旅人に鋸で首をじわじわと斬られていくという残忍な刑罰が、リアルに描かれました。

この時の川谷拓三さんの表情、絶命に至るまでの経過は、大河ドラマ史上屈指の名場面としてファンの記憶に刻まれています。

川谷拓三さんといえば、『黄金の日日』の5年前の1973年に公開された『仁義なき戦い 広島死闘編』で、縄にかけられた状態でボートから海中に投げ込まれ、引きずりまわされた後に、樹木に吊るし上げられて、拳銃の的になって絶命するチンピラやくざを熱演し、注目を集めました。鬼気迫るリアルな表情が両作の共通点です。

【次ページは『六角承禎という厄介な存在』『なぜ六角氏は扱いにくいのか?』】

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