文/浅見祥子

(配給:松竹)
作/近松門左衛門 脚色・演出/宇野信夫
出演/坂田 藤十郎 中村 鴈治郎 坂東 竹三郎
松本 錦吾 中村 亀鶴 中村 芝翫 片岡 我當、他
4/10~東劇、新宿ピカデリーほか全国公開
収録公演/平成21年4月歌舞伎座公演
(C)松竹株式会社
映画『国宝』は、確かに大きな衝撃だった。興行収入206.8億円(4月5日現在、興行通信社調べ)を超えて22年ぶりに邦画実写歴代1位を塗り替え、吹替なしで女方に挑んだ吉沢亮と横浜流星の俳優としての評価を爆上げし、アカデミー賞メイクアップ&ヘアスタイリング賞ノミネートというサプライズまでもたらした。劇場に足を運んだ多くの観客のなかには、この映画で‟歌舞伎=敷居が高い”というイメージが覆され、「本物の歌舞伎を観てみたい!」と思った人も多いはず。
もし映画館で、気軽に歌舞伎が観られたら? そんなもしもを叶えるのが、‟シネマ歌舞伎”。舞台公演を撮影し、観客に映画館のスクリーンで観劇したような体感をもたらすために再構築したもの。歌舞伎座へ足を運ばずとも、本物の歌舞伎が堪能出来る。2005年の『野田版 鼠小僧(ねずみこぞう)』に始まり、最新作は第45弾。演目は『曽根崎心中』である。
歌舞伎についてほとんど何も知らなくても、『曽根崎心中』のことはなんとなく知っている。曽根崎(の森)で恋仲の男女が心中する物語? くらいは。いくらなんでも大雑把に過ぎるが、つまり物語の構造はシンプルだろうということ。だから歌舞伎特有のセリフをすべて理解出来なくても、ストーリーは追えそうな気がする。作はご存じ、近松門左衛門。それを歌舞伎作者の宇野信夫が戦後に脚色・演出したもの。お初役に四世坂田藤十郎、その長男である四代目中村鴈治郎(がんじろう)が徳兵衛役をそれぞれ演じた2009年「歌舞伎座さよなら公演」。映画を観るように、歌舞伎に触れてみる。

ちょんちょんちょん……拍子木が鳴り、黒と柿色と萌葱(もえぎ)色の幕が開く。歌舞伎座と同じように、シネマ歌舞伎もそこから始まる。お初は遊女。藤棚を愛で、酔い心地でなじみの客と時を過ごしながら、「男はわからぬもの、わしゃ苦労でならぬわいな」なんて、ふとつぶやく。純な乙女のかわいらしさと、命がけの恋を知ると思わせる女の横顔を持つお初。対する徳兵衛は誠実な商人で、ハートのある良き男。二人は想い合っていて、互いの目を見て話すうちに自然と仕草がシンクロしたりしてラブラブ。二人のキャラクターとその関係性と、ほんの数分で描写していくその手際の良さに、おお!? と一気に物語に心をつかまれる。
徳兵衛は友人であるはずの九平次の策にはめられ、伯父へ返すはずだった金をだまし取られ、世間から嘘つき呼ばわりされる。そのときの九平次とのやりとり、徳兵衛がボコボコにされて心がずたずたに傷つけられるのを、一歩引いたところから見るともなく眺めている通りがかりの人びとがいる。徳兵衛が無意識に助けを求めると、ふっと目線を外す男や女が。それぞれに野次馬根性は持ち合わせていても、わざわざ助ける気は毛頭ない。それだけで、世間というものに絶望する徳兵衛に感情移入してしまう。
年齢も性別も超えた歌舞伎独特の配役、例えば当時77歳(!)の坂田藤十郎が19歳の女子を演じるとか、そんなお初とラブラブな相手役を演じるのが息子であるとか、劇場という空間がもたらすミラクルがあって初めて観客が受け入れられるような物語上の‟嘘”に、入り口では正直、面食らってしまう。ところが無駄を排し、洗練された脚本と演出、俳優の芸で、あっという間に気にならなくなるから不思議。あの白塗りの顔に役者の年齢や性別は塗り込められ、その白いキャンバスにまるで、19歳の恋する女子が描かれるよう。
それはこの役を1401回(!)演じたという人間国宝、坂田藤十郎だからなのか、例の『国宝』で俳優に歌舞伎指導をした中村鴈治郎が、よく考えたら情けない男にも思える徳兵衛を、イキイキとした好男子として表現していて心惹かれるからなのか…わからない。
ただ伝統の力みたいなものの底知れなさはよ~く伝わってくる。平らな板に絵を描いたような抽象化されたセット、黒と白の市松模様の帯に赤い襦袢に薄紫の着物と、モダンでカラフルな着こなし。磨き上げられた美意識が隅々まで行き届いていて、目にも楽しい。またインド映画のように(?)、三味線を伴奏に物語を節で語る場面もあって、音楽の要素まである。歌舞伎って、つくづくゴージャスなエンタメだと実感する。

映画『国宝』でも印象的だった、吉沢亮演じるお初が「死ぬる覚悟がききたい――」というあの場面。クライマックスかと思いきや、物語の中盤に登場する。その演出も実にエッジが効いている。お初は、他の人に見つからぬように、と徳兵衛を縁の下に隠す。縁側に腰かけたお初は先のセリフを放ち、二人は目線を交わさないまま心中の決意を確認し合う。この時、徳兵衛は声を出す代わりに、お初の足を刃物に見立てて自分の喉元にあてる。肌を通してお初に伝わるはずの死の決意、その真剣な想いは愛情と言えるものでもあって、それを肌を通して味わうようなお初の表情がなんとも色っぽい。そうして曽根崎の森でのクライマックスへとなだれ込む。そこはもう、二人だけの世界。たっぷりと時間をかけ、間を取って、詩のようなセリフのやりとりで今生の別れを表現していく。そこは是非、スクリーンで堪能してほしい。
演劇でもそうだが、劇場の客席で観るとき、役者のここぞ! という表情は観客側がそれぞれに自分で観たいものに焦点をしぼっていく。でもシネマ歌舞伎の場合、ここぞ! という表情、観るべき動きは、カメラがアップで切り取って見せてくれる。その一瞬の表情が、ときにキャラクターの本質を表現していたりするので、劇場で観るより、より初心者には優しいとも言える。いずれにしろ入門編には持ってこい。これほどゴージャスな時間を手軽に楽しめるのだから。
【映画深堀りネタ帳】
サブスク時代、シネマ歌舞伎『曽根崎心中』をより深く味わうための映画ネタを紹介。
『書かれた顔』(1995年)
歌舞伎界随一の女方、坂東玉三郎を中心に、生きているだけで宝のような女優の杉村春子、舞踏家の大野一雄ら、一瞬で場の空気を一変させる至芸をスイス人監督のダニエル・シュミットが記録。虚実ないまぜな世界観に、玉三郎の美が際立つ。『国宝』で吉沢亮が踊った「鷺娘」もたっぷりと。
文/浅見祥子(映画ライター)
雑誌「BE-PAL」(小学館)、「田舎暮らしの本」(宝島社)、web「大人のおしゃれ手帖」(宝島社)、「シネマトゥデイ」などで映画レビュー、俳優&監督インタビューを執筆。また「芸能マネージャーが自分の半生をつぶやいてみたら」などの書籍ほか、赤楚衛二「A」、菅田将暉「着服史」、小関裕太「Y」、藤原大祐「FeaT.」、菅井友香「たびすがい」(すべてワニブックス)などでインタビューを担当。











