文/晏生莉衣

「永遠のベストセラー」といわれ、売上増加が続いているという注目の聖書。今回はその聖書について、ベーシックな質問にお答えする形で進めましょう。

Q.「聖書」はガイドブック?

クリスチャンが少ない日本では存在感の薄い「聖書」ですが、カタカナ英語で「バイブル」となると、日常生活の中でけっこう見聞きします。

「ITエンジニアのためのバイブル」「健康づくりのバイブル」というように、ある分野のスキルや知識を習得するためのガイドブックや教科書の類のPRに使われることがよくありますし、取るべき行動や考え方、あるいはもっと広く生き方全般について、大切な原則や価値観を示してくれる道しるべのような権威ある書物という意味合いで、「これは私にとって人生のバイブルです」と言うこともあります。

キリスト教の聖書は、神の教えや神から人間に与えられた約束を伝えるために書き記されたもの、というように考えるとわかりやすいかもしれません。「これさえあれば迷わない」「これを読めばすべてがわかる」といったいわゆる「バイブル」本の宣伝用のうたい文句をとおして、キリスト教を知らない人でも知らず知らずのうちに、教え導くという聖書の本質に触れていると言えなくもないでしょう。

英語ではBibleとつづりますが、これは、biblia(ビブリア)というギリシア語に由来します。bibliaは小冊子、書物、巻物といった意味のbiblion(ビブリオン)の複数形で、この「biblia」という呼称には聖書の構成がよく表れています。というのも、実際に聖書を開いて目次を見てみるとよく理解できるのですが、聖書はいくつもの書物が集められて一冊にまとめられた「小冊子集」というような書物なのです。聖なる書ですので、英語では「(the) Holy Bible」がより正式な呼称です。

Q. 聖書に新旧がある?

いくつもの書物が集められたキリスト教の聖書ですが、大きく分けて、旧約聖書新約聖書という二部構成になっています。「約」は契約の「約」で、わかりやすくいうと、神から人間に与えられた約束のことです。古い訳、新しい訳ではないのでご注意ください。

旧約聖書はイエス・キリストが誕生する以前の古い時代の契約(約束)、それに対して新約聖書はイエス・キリストの時代の新しい契約(約束)という違いがあります。

「それってつまり、紀元前と紀元後っていうこと?」とピンときたらさすがです。そのとおり、西暦はイエス・キリストが生まれたとされる年を元年とし、B.C.(紀元前)は“Before Christ”の略で「キリスト以前」、A.D.(紀元後)はラテン語で「主(イエス・キリスト)の年に」という意味の“Anno Domini”の略です。その分け方は内容的に聖書にもあてはまります。

話は少しそれますが、西暦はキリスト紀元とも呼ばれます。xxxx年は「イエスの誕生からxxxx年たった年」ということなのです。(ただし、この西暦の起点の計算にはミスがあり、実際のイエスの誕生は紀元前6~4年頃と推定するのが歴史研究の主流となっています。)しかし、私たちはそのようなことはほとんど気にもとめずに西暦を使っているのが実際のところですから、「バイブル」同様に、キリスト教をよく知らないといいながらも日々の暮らしの中にキリスト教と関連するものが定着しているという好例でもあります。しかし、昨今の英語圏では、宗教色をなくすという意図で、B.C./A.D.とは似たようで違う略語を使用する傾向が生まれています。これについては別の機会に学びましょう。

Q. 聖書は歴史文学?

さて本題に戻り、聖書は小冊子集のような書物だと先述したとおり、旧約聖書、新約聖書、それぞれが複数の正典からなっています。正典とは、ある宗教において公式に認められた基準となる文書のことで、英語ではcanon(カノン、キャノン)ですが、これはギリシア語で「基準、ものさし、規範」といった意味のkanonに由来しています。

■■旧約聖書■■
旧約聖書は神による天地創造の物語「創世記」から始まり、古代イスラエル民族の歴史や神との約束事などの伝承が長い年月をかけてまとめられた記録で、ユダヤ教の聖典でもあります。プロテスタントは39巻を旧約聖書の正典として認め、カトリックではさらに7巻を加えた46巻を認めています。

それらは内容的に、律法、歴史書、文学書、預言書の4つに分類され、異なる分け方もあるのですが、プロテスタントとカトリックで共通する39巻の正典は、だいたい次のように整理されています。

律法(モーセ五書)】(5巻):創世記、出エジプト記、レビ記、民数記、申命記

歴史書】(12巻):ヨシュア記、士師記、ルツ記、サムエル記(上・下)、列王記(上・下)、歴代誌(上・下)、エズラ記、ネヘミヤ記、エステル記

文学書】(5巻):ヨブ記、詩篇、箴言、コヘレトの言葉、雅歌

預言書】(17巻):イザヤ書、エレミヤ書、哀歌、エゼキエル書、ダニエル書、ホセア書、ヨエル書、アモス書、オバデヤ書、ヨナ書、ミカ書、ナホム書、ハバクク書、ゼファニヤ書、ハガイ書、ゼカリヤ書、マラキ書

カトリックでは、さらに次の7巻が第二正典とされています。(正典の数え方によっては10巻とされることもあります。)

・トビト記、ユディト記、マカバイ記(一、二)(以上、歴史書)、知恵の書、シラ書(集会の書)(以上、文学書)、バルク書(預言書)

これら7巻は、聖書によっては「旧約聖書続編」というくくりの中に収録されています。

皆さんご存知のアダムとイヴの「エデンの園」の話は「創世記」の最初の部分に出てきますが、そのあとは神とイスラエル民族の壮大な歴史が延々と続きます。

■■新約聖書■■
旧約聖書が終わると、イエスの生涯とその教えや、弟子たちの宣教活動などが書かれた新約聖書が始まります。27巻の正典がまとめられたもので、正典はカトリック、プロテスタント共通です。

1. 福音書(4巻):マタイによる福音書、マルコによる福音書、ルカによる福音書、ヨハネによる福音書
福音とは「良い知らせ」を意味し、イエス・キリストの生涯とその教えが記されています。キリスト教の中心となる正典です。

2. 歴史書(1巻):使徒言行録
イエスが世を去ったあとの弟子たちの宣教活動が記されています。弟子たちがどのようにキリスト教を世界に広めていったのか、初期のキリスト教の教会について知ることができます。

3. 書簡(21巻)
弟子たちが書いた手紙が集められたもので、回心してキリスト教の伝道に努めたパウロが特定の信徒たちに向けて書いた手紙と、ペトロなどの弟子が一般の教会に向けて広く書いたとされる手紙に分けられます。後者は「公同書簡」とも呼ばれます。

◇パウロの手紙(13巻):ローマの信徒への手紙、コリントの信徒への手紙(一、二)、ガラテヤの信徒への手紙、エフェソの信徒への手紙、フィリピの信徒への手紙、コロサイの信徒への手紙、テサロニケの信徒への手紙(一、二)、テモテへの手紙(一、二)、テトスへの手紙、フィレモンへの手紙

◇一般の手紙(公同書簡)(8巻):ヘブライ人への手紙、ヤコブの手紙、ペトロの手紙(一、二)、ヨハネの手紙(一、二、三)、ユダの手紙

4. 預言書(1巻):ヨハネの黙示録
新約聖書の最後にあるこの文書は黙示文学とも呼ばれます。世界の終末を描いた書として知られていますが、苦難の中にあるキリスト教徒に希望と励ましを伝えるために書かれたとされています。

Q. キリスト教は新約聖書だけでいいのでは?

以上のように、聖書は合計で60巻を超える書がまとめられた大変分厚い本です。出版社にもよりますが、本連載で使用している日本聖書協会の聖書を例に取ると、コンパクトな作りのソフトカバーの聖書でも、厚さ5センチもあります。大型版は重さが1.5キログラムもあり、ダンベル代わりに腕を鍛えられそうな重さです。

ページ数でいうと、旧約聖書は1500ページ弱、新約聖書は500ページ弱と、旧約聖書が新約聖書の3倍と圧倒的に長いです。旧約聖書には400ページ強の続編があるので、それを加えると、イエスの教えを中心とした新約聖書は分厚い聖書の約4分の1ほどしかありません。

そんな大きなウェイトを占める旧約聖書ですが、旧約聖書にはキリスト教の「イエス・キリスト」はいっさい登場しません。イエスやその弟子たちが生まれる以前に書かれたのですから、当然といえば当然のことなのですが、「それなら、キリスト教は新約聖書だけでいいのでは? 分厚い旧約聖書の部分って必要?」という疑問が浮かぶかもしれません。でも、これはNoなのです。旧約聖書もキリスト教にとって必要なのです。

どうしてかというと、キリスト教は旧約聖書を聖典とするユダヤ教を土台として生まれた宗教だからです。そのため、新約聖書に記されたキリスト教の信仰を知るには、ユダヤ教の聖典でもある旧約聖書の知識がある程度、必要になってきます。ユダヤ教とキリスト教はまったく異なる宗教ですが、二つの宗教の歴史的な流れゆえに、旧約聖書は新約聖書とともにキリスト教の聖書に収められています。

実際に新約聖書を読んでみると、「律法」や「掟(おきて)」といった言及がされることが多々あります。それはすべて旧約聖書に記されている律法や掟のことなのです。「聖書」という言葉も出てきますが、これは旧約聖書のことを指しています。

もう一つ具体例をあげましょう。キリスト教にくわしくなくても、イエスが十字架につけられて処刑されたという話はなんとなく知っているという方は多いと思われますが、では、なぜ、イエスはそのような死をとげなければならなかったのでしょうか? それは、イエスが自らの命を捧げることで、旧約聖書に書かれている神の計画が成就して人間が救われるためだったとキリスト教では信じられています。

* * *

聖書は宗教の古文書集というような大昔の遺物ではなく、聖書を開けば神と人間の激動のドラマが時空を超えて現代の私たちにも語りかけてくる。そんな生きた世界史の書であるからこそ、長く読まれ続けているのでしょう。キリスト教を知る人には奥深く、知らない人には謎深い聖書についてのベーシックスを、次回も学んでいきましょう。

文/晏生莉衣(あんじょう まりい)
教育学博士。国際協力専門家として世界のあちらこちらで研究や支援活動に従事。国際教育や異文化理解に関する指導、コンサルタントを行うほか、平和を思索する執筆にも取り組む。著書に、日本の国際貢献を考察した『他国防衛ミッション』や、その続編でメジュゴリエの超自然現象からキリスト教の信仰を問う近著『聖母の平和と我らの戦争』。

 

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