松前廣年=蠣崎波響というキャラクター
I:さて、劇中で、誰袖に自作の絵を見せていた松前廣年(演・ひょうろく)。「まことお上手でおざりんすなあ」といわれてご満悦という感じでした。
A:松前廣年は、「蠣崎波響(かきざきはきょう)」を名乗る絵師としても知られています。もう10年以上前になりますが、井沢元彦先生の『逆説の日本史』を担当していた際に、アイヌの歴史に触れました。そのくだりは単行本の17巻「江戸成熟編 アイヌ民族と幕府崩壊の謎」に掲載されているのですが、蠣崎波響筆の『夷酋列像(いしゅうれつぞう)』も3点ほど掲載されています。『べらぼう』の劇中からもう少し後になるのですが、道東の国後目梨(クナシリメナシ)でアイヌの反乱があった際に、一揆側に味方せずに、松前藩に協力したアイヌの酋長を描いた作品で、後に光格天皇の天覧の栄誉に浴した作品になります。松前廣年は、現地まで出陣して指揮をとっていますから、いわば文武両道。吉原でも一見、誰袖に翻弄されているように見えますが、そうした背景を知って、誰袖を手玉にとっていると解釈したら、さらにおもしろくなりません?
I:確かにそんなふうに見えなくもないですが、ひょうろくさんのインタビューでは翻弄されていることになっています(笑)。(https://serai.jp/hobby/1233366)
A:この時期の大名家の文化人としては、大田南畝(演・桐谷健太)の仲間のうちに、酒井抱一という姫路藩酒井家の藩主の弟がいます。尻焼猿人(しりやけのさるんど)という狂名も持ち、絵師としても名を残した逸材です。平和な世の中ですから、大名家からも文化人が輩出されますよね。
I:生まれてくるタイミングも重要ですよね。
A:2020年の『麒麟がくる』で尾美としのりさんが土岐頼芸(ときよりなり)を演じました。斎藤道三と対立する美濃守護でしたが、鷹の絵で有名な文化人としての顔もありました。松前廣年などと同時代に生きたならば、その画才はもっと評価されたのかもしれませんが、戦国の世にあっては、文化にのめりこみすぎたがために国を傾かせた領主という見方をされてしまいます。
大河ドラマレジェンドの訃報
I:さて、今週はジェームス三木さんの訃報が伝えられました。
A:現在、64作ある大河ドラマで平均視聴率がもっとも高かった作品が1987年の『独眼竜政宗』。なんと39.7%。隔世の感があります。脚本を手掛けられたのがジェームス三木さんです。脚本、演者、演出、美術……すべてががっちり嚙み合った稀有な大河ドラマでしょう。主演は『べらぼう』で田沼意次を演じている渡辺謙さんでした。
I:渡辺謙さんも「戦国時代のホームドラマを、と家族、親族の機微を描いた壮大な大河ドラマでした」と追悼のコメントを出していましたね。
A:つい先日、『べらぼう』に島津重豪(演・田中幸太朗)が登場した際に、島津家と徳川家の絆の源流が『八代将軍吉宗』で描かれていると言及しました。この作品もジェームス三木さんの作品です。私自身、NHKオンデマンドで見直したばかりで、合戦もない地味な時代を珠玉のエンターテインメントに仕立て上げた脚本力に改めて脱帽したばかり。2000年の『葵 徳川三代』を含めた大河ドラマ三作品について改めて回顧してもらえないだろうかと思っていた矢先の訃報でした。
I:思いついたときにアプローチしておくべきでした。
A:『独眼竜政宗』『八代将軍吉宗』『葵 徳川三代』の3作品はいずれもNHKオンデマンドで視聴可能です。
I:しばらく夜更かしが続きそうですね。そして、大河ドラマ7作に出演してきた藤村志保さんが86歳で亡くなられたことも報じられました。
A:1965年の大河ドラマ3作目の『太閤記』でねね役を演じるなど、7作の大河ドラマに出演されています。私の印象に強く残っているのは、1991年の『太平記』。主人公足利尊氏(演・真田広之)の実母上杉清子を演じていました。やさしくて包容力がある一方で、いざというときは凛として物事に対峙する。観応の擾乱で尊氏、直義の兄弟が争った際に、「兄弟仲良く」といって亡くなっていくシーンなどが思い出されます。
I:上杉家は「足利尊氏の母」の実家ということで、「関東管領」として権勢を誇り、戦国時代には上杉謙信を輩出。米沢藩主として幕末を迎えた上杉ですよね。
A:上杉氏は鎌倉幕府第6代将軍宗尊親王が鎌倉に下向する際に同行してきた下級貴族。そのルーツが前年の大河ドラマ『光る君へ』にも登場した藤原宣孝(演・佐々木蔵之介)の兄説孝(ときたか)ですから、貴族から武家に転身しているわけですね。その上杉氏が武家に転身するタイミングで登場したのが、藤村志保さんが演じた上杉清子。藤村さんの訃報に接し、ついそんなことに思いを馳せました。
I:さて、『べらぼう』は浅間山の噴火が話題になってきました。天変地異が蔦重たちにどんな変化をもたらすのでしょうか。

●編集者A:書籍編集者。『べらぼう』をより楽しく視聴するためにドラマの内容から時代背景などまで網羅した『初めての大河ドラマ~べらぼう~蔦重栄華乃夢噺 歴史おもしろBOOK』などを編集。同書には、『娼妃地理記』、「辞闘戦新根(ことばたたかいあたらいいのね)」も掲載。「とんだ茶釜」「大木の切り口太いの根」「鯛の味噌吸」のキャラクターも掲載。
●ライターI:文科系ライター。月刊『サライ』等で執筆。猫が好きで、猫の浮世絵や猫神様のお札などを集めている。江戸時代創業の老舗和菓子屋などを巡り歩く。
構成/『サライ』歴史班 一乗谷かおり
