河原左大臣(かわらのさだいじん)こと源融(みなもとのとおる)は、嵯峨天皇の皇子として生まれました。しかし、臣籍降下(しんせきこうか、皇族の身分を離れて臣下の籍に入ること)し、「源」の姓を賜ります。これが賜姓皇族(しせいこうぞく)と呼ばれる人々で、平安時代初期には多くの皇子が臣籍に下りました。

融は、最終的に左大臣という非常に高い官位に昇りつめます。その住まいが鴨川のほとり、六条河原院(ろくじょうかわらいん)にあったことから、「河原左大臣」と呼ばれるようになりました。

彼は政治家としてだけでなく、大変な風流人としても知られています。特に有名なのが、陸奥国(現在の東北地方)の塩竈(しおがま)の風景をこよなく愛し、その景色を模した壮大な庭園を自邸・六条河原院に造らせたというエピソード。毎日、難波(現在の大阪湾あたり)から海水を運ばせて塩焼きを楽しんだとも伝えられ、そのスケールの大きな趣味からは、彼の財力と美意識の高さがうかがえますね。

河原左大臣『百人一首画帖』より
(提供:嵯峨嵐山文華館)

目次
河原左大臣の百人一首「陸奥の~」の全文と現代語訳
河原左大臣が詠んだ有名な和歌は?
河原左大臣、ゆかりの地
最後に

河原左大臣の百人一首「陸奥の~」の全文と現代語訳

陸奥(みちのく)の  しのぶもぢずり  誰(たれ)ゆゑに  乱れそめにし  我(われ)ならなくに

【現代語訳】
陸奥のしのぶもじずりの乱れ模様のように、ほかの誰のせいで乱れはじめてしまったのか、私のせいではないのに。ほかならぬあなたのせいなのですよ。

「しのぶもぢずり」とは、福島県信夫(しのぶ)地方特産の、忍草(しのぶぐさ)の汁で乱れた模様を摺りつけた染め物のこと。「信夫摺り(しのぶずり)」とも言います。この模様の乱れ具合が、歌の主題である「心の乱れ」を導き出すための序詞(じょことば)となっています。

「乱れそめにし」は「乱れはじめてしまった」。ここには、染め物が乱れ模様に「染め」られることと、恋心によって心が「乱れ初め」る、という二つの意味が掛けられています。

この歌は、燃え上がるような恋心、それによって平静を失っていく自分の心の乱れを、陸奥の「しのぶもぢずり」の乱れ模様に託して詠んでいます。「いったい誰のせいで、私の心はこんなにも乱れてしまったのだろうか。いや、私のせいではない、あなたのせいなのだ」という、情熱的で少し一方的な、しかし切実な想いが伝わってきます。

「しのぶ」という言葉には、「忍ぶ恋」の意も含まれていると解釈することもできます。人に知られてはいけない、秘めたる恋の苦しみが、心の乱れをさらにかき立てているのかもしれません。

『伊勢物語』の初段で、元服直後の男が奈良の春日で偶然美しい姉妹を垣間見した時の心の乱れを語る歌として引かれています。

河原左大臣『百人一首画帖』より
(提供:嵯峨嵐山文華館)

河原左大臣が詠んだ有名な和歌は? 

河原左大臣は多くの歌を残していますが、ここでは代表的なものを紹介します。

ぬしやたれ 問へどしら玉 いはなくに さらばなべてや あはれと思はむ

【現代語訳】
この真珠の持ち主は誰か。尋ねても相手は白玉だから、「しら」ぬふりをして、誰も自分のものだとは言わない。それなら私は舞姫を皆、愛しいと思うことにしよう。

『古今和歌集』873番に収められています。詞書には「五節の朝(あした)に、簪(かんざし)の玉の落ちたりけるを見て、誰がならむととぶらひてよめる」とあり、五節の舞姫の髪飾りに付いていた真珠が落ちていたのを見て、誰の物だろうと、聞いて回った時に詠んだ歌です。

河原左大臣、ゆかりの地

河原左大臣ゆかりの地を紹介します。

河原院(かわらのいん)

河原院は、京都六条にあった河原左大臣(源融)の邸宅です。現在の下京区木屋町通五条下ルに「源融河原院址(みなもとのとおるかわらいんあと)」の石碑があります。残念ながらその壮麗な建物は現代に残っていませんが、この地に立つと彼が愛した雅な庭園や、風雅な暮らしぶりに思いを馳せることができます。

最後に

嵯峨天皇の皇子として生まれ、左大臣にまで昇りつめ、風流を愛し、光源氏のモデルとも噂された河原左大臣(源融)。彼が詠んだ、激しい恋心に乱れる様は、千年の時を経てもなお、私たちの心を打ちます。

※表記の年代と出来事には、諸説あります。

引用・参考図書/
『日本大百科全書』(小学館)
『全文全訳古語辞典』(小学館)
『原色小倉百人一首』(文英堂)

アイキャッチ画像/『百人一首かるた』(提供:嵯峨嵐山文華館)

●執筆/武田さゆり

武田さゆり

国家資格キャリアコンサルタント。中学高校国語科教諭、学校図書館司書教諭。現役教員の傍ら、子どもたちが自分らしく生きるためのキャリア教育推進活動を行う。趣味はテニスと読書。

●構成/京都メディアライン・https://kyotomedialine.com

●協力/嵯峨嵐山文華館

百人一首が生まれた小倉山を背にし、古来景勝地であった嵯峨嵐山に立地するミュージアム。百人一首の歴史を学べる常設展と、年に4回、日本画を中心にした企画展を開催しています。120畳の広々とした畳ギャラリーから眺める、大堰川に臨む景色はまさに日本画の世界のようです。
HP:https://www.samac.jp

 

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