取材・文/渡辺陽
朝晩の寒暖差が大きくなってきて、着る服にも迷う季節。冬が来る前に風邪をひいてしまったという方もいらっしゃるのではないでしょうか。のどの痛みや鼻水、熱など、つらい症状が出る風邪は、できるだけひきたくないものですが、風邪を予防するには、『ガラガラ水うがいが良い』という研究結果が発表されています。京都大学環境安全保健機構 健康科学センター長の川村孝教授に詳しいお話を伺いました。
■「うがい」は、日本独自の習慣
――うがいは、いつ頃から始められたのでしょうか。
川村教授(以下、川村) 「いつから始まったのか定かではなく、平安時代の貴族から始まったという説もありますが、遅くとも戦国時代にはうがいをしていたようです。北条早雲(ほうじょうそううん)は、『うがいをした水を捨てずに飲め』という主旨のことを言っていますし、徳川家康の家訓にも載っています。1440年に発行された室町時代の国語辞典である『下学集(かがくしゅう)』に、うがいについて書かれています」
――海外の人もうがいをするのでしょうか。
川村 「いや、うがいは日本独自の衛生習慣で、世界的には珍しいことなんです。昔、ジャパンタイムズの外国人記者が、子供を日本の学校に入れたら、うがいの指導をされたと驚いて、記事にしたくらいですから」
■風邪予防にはヨード液より『ガラガラ水うがい』が効く
――研究の方法についてご説明をお願いします。
川村 「水うがいを積極的にする人、ヨード液を使って積極的にうがいをする人、積極的にはうがいをしない人、3つのグループにランダムに分けて、全国18箇所、387名の人に参加してもらいました」
――結果はいかがでしたか
川村 「水うがいをしても風邪をひかないわけではありませんが、他の群の人に比べると、約4割、風邪をひきにくくなることが分かりました。一方、ヨード液を使ってうがいをした群は、積極的にうがいをしなかった群と、さほど変わりはありません。1割くらいは減るかもしれないといった感じで、ヨード液の効果は確認できませんでした。グラフからも分かるように、水うがいをした人は、ヨード液を使ったうがいをする人やうがいを積極的にしない人にくらべ、風邪をひく割合がずっと低いのです」
「また、年齢が高いほど風邪をひきにくく、10歳上がるごとに3割くらい風邪をひく人が少なくなります。前年に風邪をひくと、翌年、1.6倍風邪をひきやすいということも分かっています」
――症状はいかがでしょうか。
川村 「風邪をひいてしまった人の重症度も見たのですが、咳や痰など気管支の症状は、水うがいをしていると、軽くなる傾向にあります。つまり、水うがいをしていると、風邪をひきにくくなり、風邪をひいても症状が軽い、ということが分かったのです」
――水うがいの方法を教えていただけますか。
川村 「研究では、1日3回、それぞれ15秒のうがいを3セット、つまり1日に9回うがいをしてもらいました。口に水を含んで、上を向いてガラガラとうがいをします。クチュクチュやってもだめで、口の奥までしっかりと乱流を起こさないといけません。手を洗う時や歯磨きのついでにやればいいのではないでしょうか」
■「水うがい」でウイルス感染しにくくなる
――なぜ水うがいには効果があるのでしょうか。
川村 「よく勘違いされるのですが、うがいでウイルスが洗い流されるのではありません。風邪のウイルスは飛沫感染したり、接触感染したりしますが、喉に入るとすぐに受容体とくっついて、細胞の中に入ってしまいます。ただし、ウイルスが存在するだけで感染するわけではなく、口の中に存在するある種のタンパク質(酵素)の作用を受けて、細胞の中に侵入するのです」
「水うがいをすると、ウイルスが細胞内に入るのに必要なタンパク質を取り除くことができ、感染しにくくなると思われます」
「この研究では、メカニズムまでは検証していませんが、風邪で一番多いライノウイルスは、酸性環境で感染しますが、うがいで口の中の酸性環境が緩和されるのかもしれません。いずれにせよ、水うがいをすることで、ウイルスの感染を助ける口中の物質や環境を取り除けるのです」
――ヨード液によるうがいではだめなのでしょうか。
川村 「口や腸の中には、さまざまな細菌がいて、その微生物の世界には一定の秩序があります。いい菌もいれば、そうでない菌もいて、バランスを保っているのです。ところが、ヨード液には強力な殺菌作用があるため、そのバランスが崩れてしまう。あるいは、タンパク質変性作用が強いので、正常な組織を傷めるのではないかとも考えられます」
――水うがいで、風邪のリスクを減らせるといいですね。
川村 「風邪は重症化することは少ないのですが、生活の質が下がりますし、人にもうつるので、良くないことは確かです。国民経済にも影響していて、我が国では、風邪のために一年に保険医療費5千億円、市販薬1千億円くらいを使っています。水はコストフリーですから、水うがいで風邪をひく人が少なくなったら、医療費削減にもつながります」
水さえあれば、どこででもできる水うがい。風邪のリスクを4割減らすことができるのですが、喉の中で乱流を起こすように、空気を含んでガラガラうがいをすることがポイントです。過剰な清潔意識で必要な菌まで殺菌してしまうことがないよう、手洗いと水うがいで、元気に冬を乗り切りたいですね。
川村 孝
京都大学保健管理センター(現・環境安全保健機構附属健康科学センター)教授、京都大学 総括産業医を併任。専門分野は内科学、疫学、産業医学。主な研究テーマは、身近な疾患の予防と治療の研究。主な著書に『臨床研究の教科書:研究デザインとデータ処理のポイント』(医学書院、平成28年)『エビデンスをつくる:陥りやすい臨床研究のピットフォール』(医学書院、平成15年)『EBM時代の症例報告』(医学書院、平成14年、共訳)。
取材・文/渡辺陽(わたなべ・あきら)
大阪芸術大学文芸学科卒業。「難しいことを分かりやすく」伝える医療ライター。医学ジャーナリスト協会会員。小学館「サライ.jp」、文藝春秋「文春オンライン」、朝日新聞社「telling」、「Sippo」で執筆。自身は、健康のために鍼灸とマッサージに通う。