
文/鈴木拓也
「好きな中華料理は?」というアンケートで、トップ3の常連がチャーハンだ。
町中華の定番であるし、家庭でも気楽に作れるフライパン料理として長年の人気を誇る。
ところで、「長年」とはいつ頃からだろうか?
実は、これが意外にも不明なのである。
江戸時代までは、日本にチャーハンはなかった。開国して西洋の食文化が流入するとともに、中国からも同様の流れがあり、どこかの時点で日本に根を下ろしたのはたしか。しかし、はっきりした年代は専門家にもわからない。
この謎に挑んだのが、フリーランス記者の石田かおるさんだ。石田さんは4年かけて古今の資料を渉猟し、関係者に取材を重ねて、チャーハンの起源へと迫った。その成果は、著書『チャーハンという迷宮 なぜ国民食になったのか』(NHK出版 https://www.nhk-book.co.jp/detail/000000887642026.html)で語られている。
留学生の増加で中華料理は大きく普及
日本人の西洋料理の受容は早く、明治5年(1872)には精養軒が開店。明治30年(1897)の『東京新繁昌記』には、西洋料理店は15店掲載されている。
対して中華料理店は、偕楽園の1店のみ。その店は、渋沢栄一ら財界人が立ち上げた会員制クラブであった。しかし採算が取れず、間もなく一般向けの中華料理店として再スタートした。「並」でも、現在の貨幣価値に換算すれば約3万円のコース料理が主体で、大半の人には手の届かない高級店であった。この店では、チャーハンは「限定的ではあるが法人向けの弁当に入っていたようだ」と、推測が立てられている。
日清戦争が終わると、東京の学生街に中華料理店がいきなり増え始める。これは、清王朝が「西洋や日本の近代化に学べ」という方針を打ち出し、留学生が大勢来日したのを反映している。その中には、若き魯迅、周恩来、蔣介石らもいた。日本食になじめない留学生たちは、「ガチ中華店」にふるさとの味を求めた。
しかし、こうした店にチャーハンがあったかどうかは、メニューといったはっきりした形での記録は残っていない。石田さんは苦労の末、インタビュー集『あのころの日本――若き日の留学を語る』で、大正8年(1919)に来日した留学生の言葉に、チャーハンを食べたという記述を見つける。こうして、少なくともこの時期には、チャーハンがあったことが立証された。
メディアがチャーハン人気を拡大
わが国における中華料理の普及を、専門店が牽引したのは間違いないが、もう1つ促進剤となったのがマスメディアである。
大正時代、家政を担う主婦層の増大に伴って、雑誌が続々と創刊。中でも発行部数で抜きんでていたのが『主婦之友』であった。本誌でチャーハンが初めて言及されたのは大正15年(1926)8月号。「腐敗し易い夏の残飯の利用法」という記事であった。
記事では、余ったご飯をまず乾燥させて「乾飯(ほしい)」とし、卵とネギなどでチャーハンを作ると書かれている。
大正末期にラジオが登場。草創期から料理番組が放送され、そのレシピは本として出版もされた。昭和10年(1935)に刊行の『放送料理一千集 野菜篇』には、「松茸五色飯(松茸炒飯)」の名が見える。この頃に、家庭で作るチャーハンは大きく広まり、「『家チャーハン』のベースは築かれた」と、石田さんは記している。だが、戦争の勃発でチャーハンブームの芽はつぶされる。
チャーハンが本当の意味で「全国区の料理」になったのは、昭和30年代だという。これは、新たなメディアであるテレビを抜きにして語れない。昭和32年(1957)、NHKの『きょうの料理』がスタート。レシピは、同名の雑誌として刊行された。石田さんの調べによれば、平成31年(2019)までに掲載されたチャーハンのレシピは380点に及ぶ。また、昭和34年(1959)にNHKが主催した、「第四回料理腕自慢コンクール」には、「炒飯競技」もあったという。
こうしてチャーハンは、津々浦々に広まっていく。
どうやったら「パラパラ」するかで議論沸騰
チャーハン史を語る上で外せないのが、1990年代に勃発した「パラパラ論争」だ。米粒がくっつき合わないよう調理することが理想とされ、「では、どうやって?」について熱い議論が交わされた。
本書でも、ページを割いてこのトピックについて解説されている。さらに、鍋を振るべきか振らざるべきか、卵を鍋に投入するのはご飯の前か後か、冷たいご飯か温かいご飯かといった論争にも触れている。
こうした論争は、一部の男性が台所に入って料理を作り始めたトレンドと関係している。彼らにとって料理とは、まさに「知的創造活動」。家族のために毎食従事する家事労働という観念もないので、こだわり出すとキリがない。
他方、中国の人たちは、何の苦労もなくパラパラのチャーハンを作っている点を、石田さんは指摘する。これはシンプルな話で、使っている米を炊いたら粘り気があるかどうか。もっちりするジャポニカ米に分類される日本米と違い、向こうではチャーハンに使うのはインディカ米。後者は粘り気がないので、ふつうにパラパラに仕上がる。
「本場」のチャーハンに近づけたいと憧れ、悩み、論争し、裏ワザを編み出してきた日本人。そもそもの前提が違ったのだ。追い求めてきた「本物」とはいったい何なんだろうか……?
(本書257pより)
と、石田さんは嘆息する。
本書を一読して感じたのは、日本人のチャーハン愛の深さだ。おそらく我々は、思い入れのあるジャポニカ米から宗旨替えすることなく、よりおいしいチャーハンを追究していくことだろう。近い未来、進化したチャーハンはどんな姿をしているのだろうか。ちょっと楽しみである。
【今日の教養を高める1冊】
『チャーハンという迷宮 なぜ国民食になったのか』

定価1210円
NHK出版
文/鈴木拓也
老舗翻訳会社役員を退任後、フリーライターとなる。趣味は神社仏閣・秘境めぐりで、撮った写真をInstagram(https://www.instagram.com/happysuzuki/)に掲載している。











