文/鈴木拓也

今世紀に入ってから、日本で大きな注目を浴びた西洋の画家といえば、ヨハネス・フェルメールをおいて他にいないだろう。これまで国内で数度の展覧会が催されたが、来場者が100万人を超えたこともあり、まさに国民的な人気を誇る。
そして今、大阪中之島美術館で、「フェルメール《真珠の耳飾りの少女》展」が開催中。このタイミングにあわせ解説書が何点か刊行されているが、目に留まったのが『フェルメール解体新書』(西永裕著、トゥーヴァージンズ https://www.twovirgins.jp/book/9784867910962/)だ。
推理作家と助手の対話形式で話が進む
本書が類書と大きく異なるのは、画家の事績を単になぞるのではなく、作品に秘められた「謎」の解明を主眼としている点だ。そのために、架空の推理作家と助手の2人による対話形式というユニークな構成をとっている。推理作家は、専門家の諸説を織り交ぜながら持論を展開し、助手はそれに対する受け答えをし、ときおりツッコミを入れる。2人の掛け合いを通じて、画家と作品がわかりやすく学べるというコンセプトである。
それにしても、フェルメールの「謎」とは何だろうか?
実は、今やこれほど知名度が高いにもかかわらず、この画家は「非常に謎が多い」という。理由は、寡作である上に、絵の注文主が一般市民であったこと、大所帯の工房を構えず一人で制作したことなどにより、記録が乏しいというのが大きい。そのため、どのような生涯を送ったのかについては、あまりわかっていない。
さらに、作品自体も謎に満ちている。というより、フェルメールが鑑賞者に対して、謎掛けを挑んでいるとみられる作品が少なくないのだ。本書は、その挑戦に果敢に応えるという筋立てになっている。
開いた窓は何を象徴しているのか
フェルメールの比較的初期の作品に《士官と笑う女》がある。室内で2人の男女が談笑しており、背景にはオランダの地図が飾られている。フェルメールは、絵に関する解説を残しておらず、解釈は観る者の手に委ねられている。

推理作家(=著者)の見立てでは、絵の中の男は、英蘭戦争に従軍した軍人か、アメリカの交易活動に従事した貿易商人か、いずれにせよ危険を冒して海外へと出かけた勇士。他方、女は地元から一歩も出たことがなく、男の冒険談に熱心に聞き入っている。手にワイングラスを持っているが、ワインは媚薬の代名詞。つまり、男は女を誘惑しているが、女は気づいていない…というのが主題だという。
そう言われてみれば納得だが、この絵のもっともミステリアスな要素は開いた窓だ。推理作家はこれを“窓の発見”と呼び、助手との会話で次のように説明をする。
助 女の人にとって、未知の世界へと想像力が広がっていく「どこでもドア」的な機能として、フェルメールが“窓の発見”をしたということですね。
推 そう、画面の左端にあるのは西窓で、窓からの光を受けてたたずむ、フェルメールが描く女性たちは、デルフトの西にある北海のはるか彼方に広がる未知の世界を想像したり、あるいは、そこで活劇を繰り広げる男たちに思いを馳せたりしている、というのがぼくの窓の解釈なんだ。
(本書090pより)
さらに解釈は、別の作品へとつながっていく。
女が読む手紙は士官から送られた?
《士官と笑う女》と同時期に描かれた作品に《窓辺で手紙を読む女》がある。開け放たれた窓に面して、1人の女性が手紙を読んでいる構図であり、その背後にはキューピッドの絵が掛けられている。右側のカーテンは、フェルメールが後から書き足したもの。キューピッドの絵は、フェルメールの死後、誰かが塗りつぶしたとX線調査で判明、修復時に復元された。
推理作家はまず、この作品は《士官と笑う女》の続編であると推理する。これは、女が同じ服を着ていること、同じ椅子があることなどからの類推だ。中国製の高級陶磁器の大皿は、さだめし士官からのお土産なのだろう、と。
しかし、その後で別の論も展開している。
推 《眠る女》も《士官》も、スポンサーだったライフェンのコレクションなんだけど、この《窓辺》は注文主や所有者がわかっていない。
助 では、続編という推理は無理なんじゃないですか。だって、並べて一緒に観なければわからないですよね、この二つの絵の関連性が。
推 たしかに、そうかもね。ただ、大皿の上の桃は豊かさを象徴していて、リンゴはイヴの禁断の果物で、女性は妊娠しているという見方もある。つまり、手紙は不倫相手からのものという推理もありえるわけさ。
(本書100pより)
この後も推理作家のコメントは続くが、最終的にこれという結論は出ない。他の作品と同様、いろいろと解釈できるような描き方がなされており、確定的なことは何も言えないからだ。
もっとも、絵の鑑賞とはなにも、隠された謎を一生懸命解くだけでなく、純粋に絵から受けた印象を味わうのも大事。推理作家は、むしろこちらのほうが「大切かもしれないね」と言う。

さて本書では、窓辺の女の謎解きは、これまた別の作品へと引き継がれるのだが、それは割愛したい。他にも、代表作《真珠の耳飾りの少女》を含め、不世出の画家の作品が小気味よく探究されている。既にフェルメールのファンの方にも、今から学びたいという方にも、おすすめの1冊だ。
【今日の教養を高める1冊】
『フェルメール解体新書』

定価2750円
トゥーヴァージンズ
文/鈴木拓也
老舗翻訳会社役員を退任後、フリーライターとなる。趣味は神社仏閣・秘境めぐりで、撮った写真をInstagram(https://www.instagram.com/happysuzuki/)に掲載している。











