人生100年時代と言われ、超高齢化社会の日本を突然襲った新型コロナウィルス。感染拡大予防のために、移動はもちろん、人と会うことなど、それまで「当たり前」だったことに無数の制限がかかるようになりました。これからの時代、どう生きればいいのか、迷ったり、暗い気持ちになったりする人も多いと感じます。
そこで、後半生の生き方を説いた著書『還暦からの底力―歴史・人・旅に学ぶ生き方』(講談社現代新書)が、20万部を超えるベストセラーになっている、出口治明さんにお話を伺いました。時代に押しつぶされず、パワフルに生きる方法を2回に分けて紹介します。
コロナは自然災害、いつかは終わる
だれもが予想していなかった、新型コロナウイルスと生きる時代。感染拡大を防止するために、様々な制限を余儀なくされています。
「人間は周囲の状況の影響を受けやすい。悲観的になったり、クヨクヨしたりする人がいますが、コロナ禍は自然災害です。台風と同じように人間がコトントロールできることではない。ですから、アレコレ考えずに、現実を受け入れて、どのように対応していくかを前向きに考えたほうがいいのです。それに、自然災害だから、いつかは必ず終わります。ワクチンや薬が開発されれば、インフルエンザ並みの感染症になるはずです」
現在は、ニューノーマルとされる、マスク着用、こまめな手洗い、ソーシャルディスタンシングを維持する生活をしています。
「これが、延々と続くように感じている人がいますが、いつかは終わります。そんなに心配しなくても大丈夫なのですよ。コロナ禍で、メリットがあったとすれば、市民のITリテラシーが上がったこと。72歳の僕ですが今日は朝からZoom(Web会議システム)で、複数のカンファレンスに参加していましたが、コロナ禍以前はZoomを使ったことは一度もありませんでした。でも、今は100人の高校生とZoomを使って議論をしています。とても便利ですし、この便利さを知ってしまうと、きっと人間は手放さなくなります」
これを出口さんは「リモコン効果」と呼んでいます。
「リモコン付きテレビが発売されたときに、リモコンが必要かどうかの議論がおこりました。1mほど前に行けば、スイッチを簡単に切替えられるのに、そんなモノを誰が買うのかと話し合っていたのです。でも、今はどうでしょうか。リモコンなしの生活は考えられません。人間は基本的に怠惰であり、便利なものは手放さないということです。コロナ禍でITリテラシーが高くなり、ネット上の様々なサービスが、とても便利なことがわかってしまった。ですから、元の世界には戻らないと思います」
転勤や出張をせずとも仕事は回り、世界中どこにいても、人とつながれる。日本人はコロナ禍までIT化の恩恵を受けていなかったともいえます。
「世界に比べて、日本はデジタル化が10周くらい遅れています。コロナ禍でその差が5周に縮まったかもしれませんが、油断していると、またその差が開いてしまう。ビジネスでも教育でも、スピードは世界よりかなり遅い。それは、前例重視の社会だからです。コロナ禍で秋入学に切り替える議論が一部でなされましたが、大学と小学校~高等学校で時間軸を分けて考えることができなかったので、せっかくの秋入学というアイディアがつぶされてしまいました」
出口さんは常に社会を変えようと動き続けています。20万部を超えた、出口さんの著書『還暦からの底力 歴史・人・旅に学ぶ生き方』(講談社新書)でも、問題意識を持つことの重要性を語っています。
「新しい学習指導要領のコアになっている、探求力、問を立てる力が、よく生きるためには必要。これは本質的な力なので、コロナのように予期せぬ事態が起こったときにも、力を発揮します。探求力のベースにあるのは、知識です。年齢や性別に関係なく、知識は力なのです。知識というとっかかりがあるから、行動も思考もできるのです。そもそも科学は常識を疑うことから始まりました。それに人類は、常識を疑うことで、世界をよくしてきた軌跡があります」
還暦で起業、古希で学長就任、年齢にとらわれずに生きる
何もしないことが、一番安全であるという現在の風潮に対して、出口さんは警鐘を鳴らす。
「英国の作家ジョージ・オーウエルが1948年に発表した『1984年』という作品があります。これは、全体主義国家によって統治された近未来世界を描いたディストピア小説です。そこに登場するファシスト的な為政者・ビック ブラザーのスローガンは“無知は力”。つまり、政権にとって都合がいい政府を作るためには、市民が無知であるほうがいい。市民が市民のためのいい世界を作るには、学び、知り、疑うこと。これは、英国の哲学者フランシス・ベーコンが“知識は力なり”と指摘しています」
とはいえ、社会が決めた行動規範通りに行動することで今まで生きてきた私たちは、暗記は得意でも、自分の頭で知識を使って考え、常識を疑うことが苦手です。この力を鍛える方法を教えてください。
「簡単です。身の周りのものすべてに“なぜだろう”と疑問を持てばいいのです。今、身の周りで不満なことや、窮屈なことがあるなら、見直しをしてみてください。この“なぜだろう”と考えることの積み重ねが、ワクワクドキドキする人生を作っていき、それが社会全体をよくしていくのです。また、自分で考えなければ、好きなことさえ見つかりませんよ」
「もういい年齢だから」などと、自分の選択や行動に足枷や手枷をつけてはならないと出口さんは続けます。また、「定年になったら〇〇しよう」などと願望を語る人に対して、アドバイスをいただきました。ちなみに、出口さんは、還暦で起業して、古希で全くの異業種から大学の学長に就任しました。
「そもそも、英語には“定年”という言葉はありません。“定年”は、日本独自のガラパゴス的な制度で、新卒一括採用、終身雇用、年功序列とワンセットの歪んだ制度なのです。この制度を支えるのは、高度成長と人口の増加。そもそも現在はその前提が崩壊していますので、“定年”そのものが間違っているのです。年齢にとらわれる人が多いようですが、どんな人も、“今”が一番若いのです。明日になれば、1日分年を取ります。ですから、若いうちになんでもやっておけばいい。何歳になろうが関係ありません。制約から離れて、自由に生きることが一番素晴らしい人生なのです。年齢、性別、職業……そんな固定概念にとらわれていると、生き方がどんどん狭くなってしまう。迷っている時間があったら、すぐに行動に移した方がいいのです。好奇心の赴くまま、広い世界に出て行けばいいのです」
年齢を意識せず、自由に行動し続けて、次の世代につなげていく……そんな出口さんの“生きる底力”を伺っていると、心が軽くなっていくようです。
次回は、より具体的に、人生を楽しくする方法について紹介していきます。