
マネジメント課題解決のためのメディアプラットホーム「識学総研(https://souken.shikigaku.jp)」が、ビジネスの最前線の用語や問題を解説するシリーズ。今回は、他責思考から脱却し、自分の不足を認めて最大限に成長するためのマネジメントについて考察します。
外部環境が理由で未達というのは「成長を阻害する逃げ道」
目標が未達だった際、「市場の変化」「他部署の連携不足」など、自分ではコントロールできない外部環境に原因を求めていませんか? 具体的には「今月はお客様が繁忙期で社内検討が進まなかった」「競合他社が不当な値下げを仕掛けてきた」などです。
いかがでしょうか。会議の場ではこのような発言は珍しい発言ではなく、むしろ良く耳にするのではないでしょうか。これらは一見、客観的な市場分析に基づいた「正当な理由」のようにも聞こえますので、発言している部下に悪気はなく、上司側もまた容認してスルーしてしまいがちです。
しかし、識学では、このような発言こそが「思考停止への道」であり、この発言が容認されるような会議こそが、大事な社員の成長の機会を奪っている原因であると指摘します。
識学は「人々の可能性を最大化する」ためのもの
識学の本質を一言で表すと「すべての人々の可能性を最大化する(させる)思考法」です。その「可能性を最大化する」ための最初の第一歩が、「結果を自分の責任として引き受ける」自責のマインドセットと、「コントロール可能な領域への意識の集中」です。
つまり、未達の原因を自分の外側(市場、景気、他人)にあるとした瞬間に、上司も部下も「どうすることもできない問題だ」となり、それ以上の解決策を探索する意識を遮断することを許され、改善策に意識を集中させることから解放されます。これを識学では「免責」の状態と呼びます。
この「免責」の状態では、個々のパフォーマンスの最大化は決して成し遂げられません。組織全体にも波及します。構成員の誰かが「環境のせい」という隠れ蓑を正当化する状況では、「他責思考」「改善に対し集中力をもって取り組まなくていい」と承認された環境となり、組織全体も停滞の一途を辿ります。
「完全結果」で明らかになる「自らの不足」という真実
では、具体的にどのようにして他責を排除し、成長のサイクルを回すべきでしょうか。識学では、ゴール設定を「期限」と「状態」を明確にした「完全結果」で設定します。「頑張って売上を伸ばす」「なるべく早く提出する」ではなく、「〇月〇日の営業終了時点で、売上高1,000万円を達成している状態にする」、「×月×日×時が、修正までを行った完成版の提出期限」のように、誰が見ても「達成か、未達か」が一目でわかる客観的な基準でゴールを設けます。
こうすることでまずは「曖昧さによる言い訳の余地」が消滅します。そして、期限が来たときに「未達成」の場合、向き合うべきは「外部環境」ではなく「自らの不足」と考えさせます。「景気が悪かったから達成できなかった」のではなく、「この景況感の中で目標を達成するために必要な、自分の行動量が足りてなかった」と解釈を他責から自責に180度転換させます。
例えば、ある営業担当者が「顧客の予算削減」を未達の理由に挙げたとします。しかし、同じ状況下でも契約を取ってくる人間は必ず存在するはずです。その差を生んだ「事実」に着目するということです。予算削減という壁を突破するための「新たな提案ロジック」や「決裁ルートの開拓」という行動をした担当者は達成できた、その動きをしなかった担当者は達成できなかった、という事実が浮き彫りになります。つまり、「先方の予算削減」は環境であり、原因ではない、ということです。
このような不足を直視することは、一時的な痛みを伴います。自分の至らなさを認めることは、心理的なストレスも感じます。しかし、不足を認識して初めて、人は「次に何を学び、どう動くべきか」という具体的な改善策へと意識を向けられるようになるので、その痛みこそが、現状を打破するために必要なエネルギー源と言えます。この意識を持たせること、解釈の転換をさせることこそが上司の役割であり責任です。
上司の責任と「非生産的変化」を打破する強制力
また、組織において、メンバーが他責で言い訳を並べるようになるのは、それを見過ごし、あるいは善意で肯定してしまう上司の振る舞いに大きな原因があります。上司とは「部下を成長させるために居る」存在であり、部下が目標を達成すること、より高いパフォーマンスを発揮できるよう導くことこそが上司の存在意義であり、組織における役割です。
未達の部下に対し、「今回はよく頑張った」「これだけ外部環境が悪ければ仕方なかった」と声をかけてしまうことは、一見部下思いの優しい上司に見えますが、識学の観点では、部下の成長機会を奪う極めて罪深い行為です。上司が外部環境を理由にした未達を認めてしまうと、部下の意識は「達成しなくても、正当な言い訳があれば評価される」という誤ったルールを学習します。すると、部下は「どうすれば達成できるか」ではなく、「いかに上司が納得する、もっともらしい言い訳を構成するか」という方向に知恵を絞り始めます。
これを識学では「非生産的変化」と呼びます。言い訳のスキルが向上しても、その人の市場価値は一点も上がりません。それどころか、上司や部署や職場が変わり、正しい審判の前に出たとき、今までの他責の言い訳が全く通用しない自分、成長していない自分に絶望することになります。
上司は部下に対し、時には「強制して経験させる」ことが必要
今現在、もし部下が言い訳を並べ、思考停止に陥っているのであれば、上司はそれを放置してはいけません。思考停止状態にある部下には、「意図的に経験させる」ことが必要です。つまり、言い訳を封じて「強制的に動かす」ことも上司の重要な仕事と考えてください。
「納得できないから動かない」という部下の主観で判断させるのではなく、まず行動を規定し、結果とのギャップを物理的に経験させましょう。例えば、部下が「この時期にテレアポをしても無駄だ」と考えているなら、上司は「今日中に30件かけること」を強制的に指示し、その結果から得られる「事実」を意図的に経験させます。強制的な行動を通じて「自分のこれまでのやり方や考え方では結果が出なかったが、やってみたら結果が変わった」という事実を経験させることが、思考停止を打破する唯一の処方箋となるのです。上下の適切な規律と上司の管理なくしては、部下の成長はありません。
不足の発見は、成長のための嬉しい「伸びしろ」の発見である
「自分の不足に向き合う」というプロセスは、一見ネガティブな辛いものに聞こえるかもしれません。しかし、識学的な思考になれば、これほど希望に満ちた状況はありません。なぜなら、成長は常に「不足」から始まるからです。
自分に何が足りないかが明確になれば、あとはそれを埋めるだけです。つまり、「不足の明確化」とはそのまま「伸びしろの発見」と言い換えることができます。現時点で目標に届いていないという事実は、裏を返せば「自分にはまだ伸びる余地がこれだけある」という証明に他なりません。ここで重要なのは、「不足を埋めるための行動変化の数」こそが「成長の量」に直結するという事実です。
昨日までと同じ行動を繰り返していても、成長はゼロです。未達という事実を正面から受け入れ、不足を埋めるために「今までやらなかった行動」を選択し、実行する。その変化の総量こそが、成長をもたらす要因の正体です。これらすべては、決して「厳しくしよう」「部下を苦しめよう」という意図ではありません。すべては「識学で人々の可能性を最大化させる」ための思考法なのです。
市場価値の高い人間とは、どのような環境下であっても「自責でとらえ」「結果を出すための行動変化」を自ら起こせる人間です。もし、あなたや部下が現状を「景気のせい」にして立ち止まっているなら、それは自らの可能性を自ら否定し、市場価値の低下を容認していることと同じです。景気や市場環境といった「外側のノイズ」に惑わされることなく、自分自身や部下の「不足」という名の「伸びしろ」に集中してください。「不足の発見や特定」を喜び、それを埋めるプロセスを楽しみましょう!
個人の成長なくしては組織の成長はありません。上司の適切な管理なくしては部下の成長はありません。お互いが組織内の「位置」に基づいた自らの役割を果たし、組織も個人も可能性を最大化させましょう。
識学総研:https://souken.shikigaku.jp
株式会社識学:https://corp.shikigaku.jp/











