文・写真/羽生のり子(海外書き人クラブ/フランス在住ライター)

シャンパーニュ愛飲家の巡礼地は北西部のランス(Reims)とエペルネー(Epernay)だ。この2つの町のシャンパーニュ製造元・流通元(メゾン)とそのカーヴは、シャンパーニュの丘陵とともにユネスコ世界遺産に登録されている。エペルネーはランスより小さいが、1キロに渡ってメゾンが続くシャンパーニュ通り(Avenue de Champagne)がある。メゾン、地下のカーヴとともに通り全体が世界遺産だ。シャンパーニュを買いに来るなら、せっかくだから通りの建築もじっくり見ていってほしい。

シャンパーニュ通りの建物群は、シャンパーニュ業者が自宅兼顧客接待の場として主に19世紀に建てたものだ。建物の様式に一貫性があることが世界遺産登録時に評価された。モデルになったのは主に貴族の館だという。地下にカーヴがある。通りからは見えないが、邸宅の裏側は庭園になっている。

シャンパーニュ通りの建物群

通りは、市庁舎(Hôtel de Ville)から始まる。品格のある白い建物は、シャンパーニュ業を営むオーバン・モエ家の新婚夫婦の邸宅として1858年に建てられた。

オーバン・モエ家の新婚夫婦の邸宅

イタリア様式を模した内装で、酒造業者らしく、酒の神バッカスの像が玄関正面にある。玄関脇の階段を上ると、踊り場と天井に幾何学模様のステンドグラスをはめた窓がある。

ステンドグラスをはめた窓

市庁舎になったのは1920年で、元食堂や元居間は会議室になった。

会議室

上階の使用人部屋に行く小さな階段も保存されており、住居として使われていた時代が偲ばれる。建物のシャンパーニュ通り側には、兵服姿の天使が羽を広げている彫刻があり、荘厳な雰囲気を出している。第一次世界大戦の地元の戦死者を弔う記念碑で、1924年に完成した。

建物のシャンパーニュ通り側

シャンパーニュの名門、ペリエ=ジュエ(Perrier-Jouët)家の跡継ぎで市長も務めたシャルル・ペリエが19世紀後半に建てた通称「ペリエ城」は町の美術館。2019年秋の新装オープンに向けて改装中だ。ねじり棒のような模様の塔があり、複数の建築様式の混合が独特の雰囲気を出している。

シャンパーニュをヨーロッパの上流階級に広めたモエ・エ・シャンドン(Moët & Chandon)の3代目当主、ジャン=レミー・モエは1793年に息子夫婦のためにトリアノン邸宅を建てた。フランス式庭園の奥にはオランジュリー(温室)がある。

トリアノン邸宅

トリアノンは超上流の顧客をもてなすための館で、ナポレオン1世と妻ジョゼフィーヌ、リヒャルト・ワーグナーも来たことがある。

トリアノン邸宅

庭園はナポレオン1世の庇護を受けた画家のジャン=バティスト・イザベーがデザインした。ヨーロッパ中の王侯貴族を顧客に持っていたモエにとって、ドイツにもフランスにも地の利が良いエペルネーは便利だった。1849年に鉄道が開通し、それまでマルヌ川を利用していたシャンパーニュの輸送が鉄道で可能になり、人の行き来も増えた。

19世紀半ばの建築のペリエ・ジュエ館はシャンパーニュ通りで一番古い。門の上にいるスフィンクスの彫刻は第一帝政時代に流行したものだが、どういう経緯で門の上に建てられたのかはわからない。

ペリエ・ジュエ館ペリエ・ジュエ館スフィンクス

ポル・ロジェ(Pol Roger)は1849年に18歳で初めてシャンパーニュを作った才人である。イギリスに販売網を持ち、ロジェのシャンパーニュはウィンストン・チャーチル首相から愛飲された。創業者の名前を冠したこのメーカーの建物はアール・デコ建築だ。

ポル・ロジェ

建物を見て歩いた後、1834年創業の比較的小さなメゾン、ボワゼル(Boizel)のカーヴを見学した。今の当主は兄弟で6代目。兄のリオネル氏は「気候変動の影響で収穫時期が早まっている。以前は10月だったが今は9月末。2018年はとても出来の良い年だった。農薬は減らす方向に進んでいる」と言う。

ボワゼル(Boizel)

地下のカーヴの「宝の間」には1834年のヴィンテージの瓶が10本ある。戦争中は破壊を恐れ、田舎の別の場所に隠しておいたという。壁のところどころにはプレートが貼ってあり、世界の主要都市名とそこに輸出した年が記されている。

地下のカーヴ

見学後、2009年のミレジメとブリュットを試飲した。ブリュットは爽やかで、ミレジメは一筋縄ではいかない味わいだった。シャンパーニュはフランスでもお祝いやパーティの時しか飲めない、特別なアルコールだ。それがこの町では当たり前のようにふんだんに出るので、別世界にいる気分になる。

試飲

* * *

年に1度、シャンパーニュ通りのメゾンが光の装飾に包まれ、大道芸人がパフォーマンスを繰り広げ、シャンパーニュ・バーが設置される祭り「光の装い(Habits de lumière)」がある。今年は12月13−15日の週末だ。週末だけで5万人の人出がある。リピーターが多く、1年前からホテルを予約する人がいるほど人気がある。シャンパーニュ通りは鉄道のエペルネー駅から歩いて10分。早くからホテルを予約しておいて見に行く価値は大いにありそうだ。

【関連サイト】
エペルネー観光局 http://www.ot-epernay.fr

文・写真/羽生のり子(海外書き人クラブ/フランス在住ライター)
1991年から在仏。食・農・環境・文化のジャーナリスト。文化遺産ジャーナリスト協会、自然とエコロジーのためのジャーナリスト・作家協会、環境ジャーナリスト協会会員(いずれもフランス)。海外書き人クラブ(http://www.kaigaikakibito.com/)会員。

 

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