納豆は日本人にとって、欠かすことのできない伝統食です。しかしながら、その好みや食べ方は地域によって大きく異なるのが興味深いところ。醤油(しょうゆ)のほかに砂糖を加える地域もあれば、臭いを敬遠する地域もあります。
そのようななかで、様々な調査結果を目にすると、東北人の納豆好きは突出しています。白飯にかけて食べるだけでなく、餅にからめたり、刻んで味噌汁に加えて納豆汁にしたり、食べ方も非常に幅広いのです。
筆者の故郷は山形県ですが、「ひっぱりうどん」が名物です。これは、「ひきずりうどん」とも呼ばれ、納豆をつけダレにして食べる珍しいうどんです。
しかも、うどんは茹でたての乾麺。釜揚げうどんの要領で鍋から直接引き上げ、かき混ぜた納豆の椀に入れるのです。うどんに納豆の粘りがからみ、飽きない旨さ。子どもの時分より日常的に食べてきた、庶民的な献立でした。
このように、全国的にみても東北地方は、特に深く納豆が浸透しているといっていいでしょう。
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あるとき、納豆に関する様々な文献に目を通していると、次のような一句に出会いました。
「納豆きる音しばしまて鉢叩(はちたたき)」
これは松尾芭蕉が元禄期に詠んだ句です。様々な解釈がありますが、大まかにはこういう意味です。
《夜も更けてきた師走の街を鉢叩き(念仏を唱え布施を求める僧)が鉢を叩いてまわっている。その音を耳にし、しばらくは納豆汁を作るために納豆を叩いている手を休めよう。》
冬の寒空の下にさらされている僧侶、納豆汁の温かみの対比が心に響きます。
ここで、肝心の納豆が「納豆きる」と詠まれている点には、大いに注目したいところです。
芭蕉は三重県の出身で、納豆汁になじみはないはずですが『奥の細道』で東北を周遊しています。その間に、庶民に親しまれる郷土料理との出会いがあったのではないでしょうか。
真実は定かではありませんが、そのように想像を膨らませると、また納豆の旨さも増すというものです。
文/大沼聡子